小野田(おのだ)さんと丸山(まるやま)くんの関係がだいぶ進展しているらしい。小野田さんはわたしの高校の同級生で、生徒会長を務めていた。そして、小野田さんが生徒会長を務めていた時の書記クンが丸山くんだった。
丸山くんはわたしたちより1学年下の男子だった。彼には申し訳ないんだけど、影の薄い男子だという印象が拭えなかった。メガネを常時かけていたのは影の薄さとは関係ないと思う。影の薄さと関係があるとわたしが思ったコトは、小野田さんの次の代の生徒会長として有力かと思われていたのに呆気なく副会長に甘んじてしまったコトだ。
どうしても日陰が似合ってしまう丸山くんを小野田さんが「狙っていた」なんて思いもしなかった。同級生や先輩ではなく後輩クンを「狙っていた」のも衝撃的だった。いつの間にか明るみに出た小野田さんの想いにわたしたちはしばらく戸惑っていた。
丸山くんは現役で大学に進学し、小野田さんは1浪を経て大学に進学した。だから、現在は双方大学3年生である。足並みが揃っている。
気付けば交際が始まっていた2人の画像が小野田さんから送信されてくる頻度が高くなった。昨夜(ゆうべ)も、LINEの小野田さんのトーク画面にツーショット画像が投下されていた。とある都市公園のベンチに隣り合って腰掛けている画像だった。
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小野田さんが初めて恋をしたのは、いつだったんだろうか。
丸山くんが初恋の相手である確率は、どれくらいなんだろうか。
× × ×
中学生時代のわたしは恋愛とは無縁だった。今思えば、クラスの男女が『つきあい始めた』とか『別れた』とかいう事象は、限りなくコドモのお遊びに近い事象だった。ただ、わたしにはコドモじみた事象も起こらなかった。起こらずじまいだった。胸以外は冴えない見た目だったから、そういった事象が起こる可能性も低かったんだろう。
そんなわたしが、高校に入った途端、いきなり恋をした。
想いの対象は、2年生のハルさんという男子だった。『スポーツ新聞部』という変わった部活に入部したわたしは、ハルさんが所属していたサッカー部の取材に行くやいなや、練習する彼の姿に虜(とりこ)になってしまった。スポーツ新聞部の備品のデジタルカメラを悪用して、練習場所のグラウンドを駆け回っているハルさんを撮りまくった。部長の中村創介(なかむら そうすけ)さんからのお咎めは無かった。中村さんが温厚で本当に良かったと今でも思っている。
やがて、ハルさんへの思慕の念を隠し切れなくなった。わたしの感情がわたしの周囲に漏れ始めていった。初めての恋愛感情だったから、上手にコントロールできなかったのだ。
やがて、わたしの思慕の強まりと反比例するかのように、ハルさんの存在がわたしから遠ざかっていった。
ハルさんが距離を縮めていったのは、アカ子さんという女子(ひと)だった。アカ子さんは、わたしにとって実の姉も同然の羽田愛(はねだ あい)さん――『おねーさん』の親友だった。アカ子さんとおねーさんは超・名門女子校のクラスメイトだった。ひょんなコトから、超・名門女子校に通う某・自動車メーカーの社長令嬢であるアカ子さんとハルさんの間に繋がりができた。2人の関係が深まるのを察知するたびにわたしは苦しくなった。それまで感じたコトもない歯がゆさに酷く苦しめられた。
『2人が同い年だから通じ合うんだろうか?』『社長令嬢の方がやっぱりハルさんには魅力的なんだろうか?』『アカ子さんがわたしより何段階も美人なのが、わたしにとっては『致命的』なんだろうか?』
……そんな風なキモチを抱えたまま、高校最初の夏休みが終わりに近付き、幾つかの出来事によって、初恋の終わりをわたしは悟った。
× × ×
なぜ、過ぎ去った初恋を22歳の今になって振り返っているのか。
それは、わたしの恋するココロの変遷を丁寧に辿っていきたいからだ。
ではなぜ、丁寧に辿っていきたいのか?
それは、今度こそ失敗したくなかったから。
「失敗」は、「失恋」とイコールではない。
成就しても「失敗」になる場合もあるし、成就しなくても「失敗」にはならない場合もある。わたしはそういう認識を所有している。
正しく勝ちたいし、正しく負けたい。
そのために、わたしはわたしの過去に学びたい。
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だけど、現在に至るまでの道のりを一気に辿っていくのは流石にツラい。
だから、秋晴れの空を眺めながら過去に自分を浸し続けるのを中断し、腰掛けていたベッドから立ち上がり、勉強机に近付き、教科書やレジュメやボールペンなどで散らかっていた机上(きじょう)をキレイにし始める。
机上に置かれている教科書が残り1冊になったトコロで、後方から、ベッドに置いたままだったスマートフォンの振動音が聞こえてくる。
残り1冊の教科書の収納よりもスマートフォンの確認を優先させる。ベッドに赴き、スマートフォンを拾い上げる。
恋のライバルからの着信ではなかった。
ちょっぴり安堵して、安堵する自分をちょっぴり嫌悪する。
胸をぐぐぐ、と押さえて、ココロの中を凪(な)いだ状態にしていく。
完全に波風立たなくなったのを確かめてから、発信ボタンを押す。