【愛の◯◯】結局は手強(てごわ)い板東なぎさちゃん

 

板東(ばんどう)なぎさちゃんがわたしより2段階可愛く見える。それに、ずいぶんオトナっぽくなったような気がする。シュシュで髪をまとめているんだけど、シュシュの色が女子高校生だったら選ばないような色なのだ。

「どーしてわたしに見惚(みと)れてるような顔になるかな、あすかちゃん」

しまった。

なぎさちゃんの見た目に細かく眼を配り過ぎて、なぎさちゃんに疑いを持たれちゃった。

取り繕(つくろ)って、

「なぎさちゃんが……『女子アナになれそうな女子大学生』みたいに見えてるから」

「アナウンサーになれるってまだ確定もしてないのに?」

鋭く言われたから、慌て気味になって、

「地方局での採用試験を頑張って受けてるんでしょ? きっと……なれるよ、アナウンサー」

「そう言ってくれてありがとう。ココロにしまっておく、今のコトバ」

「あはは……」

わたしが曖昧に笑ったら、アナウンサー候補のなぎさちゃんはテーブル上のホットカフェオレをくいっと飲んで、

「めでたくアナウンサーになれたら、スポーツ新聞社に内定済みのあすかちゃんと肩を並べられる」

と言い、

「そうなるように頑張るだけ」

と言って、含みのあるかもしれないジト目を形作っていく。

 

× × ×

 

「リビングC(仮)」なのである。この邸(いえ)で3番目に大きなリビングだから、かなりの規模を誇っている。ただ、現在はわたしのお母さん以外は邸(いえ)の外に出ているから、ふたりきりの「リビングC(仮)」の周囲には静けさが漂っている。

そして、「リビングC(仮)」においてしばらくふたりきりの時間が続くというコトは、この邸(いえ)のメンバーが勢揃いしていたらできないような話もできるというコトだ。

わたしはそれに怖さを感じていた。感じる理由はいろいろ。胸の奥の秘密の箱に「理由」を入れておきたいけど、なぎさちゃんは手強(てごわ)いから、秘密の箱を容易(たやす)く開けてくるかもしれない。

「ここに来てすぐ、明日美子(あすみこ)さんと雑談したの。あすかちゃんが階下(した)に下りてくる前」

今の段階では秘密の箱を開けようとはしてこないみたいだ。

わたしはお母さん譲りの胸を撫(な)で下ろしながら、

「どんな雑談をしたの? お母さんと」

「わたしが高校生時代の思い出話をしたら、明日美子さんも高校生時代の面白エピソードを話してくれた」

ふむ……。

「面白エピソードって、具体的には?」

わたしは訊いてみる。

西武ライオンズが凄く強かった時代で、埼玉県に住んでもいたし、贔屓(ひいき)の球団というワケでも無かったけど、公式戦のチケットがたまたま手に入ったから、西武球場に行くつもりだった。でも、一緒に行く予定だったクラスメイトの男子がドタキャンして、球場に向かう気が一気に失せたから、チケットをハサミで細かく切り刻んだ」

あーっ……。昔、お母さんからそんなエピソードを打ち明けられたコトもあったなぁ。

「その話、たぶん後日談(ごじつだん)があったと思う」

わたしの方からなぎさちゃんにそう言って、

「ドタキャンかましたクラスメイト男子が秋山幸二(あきやま こうじ)のファンで、『秋山がバク転(てん)したら、おまえの胸もときめくんじゃないのか?』みたいに言われたんだけど、ドタキャンをかまされた上に、お母さんは秋山には無関心で、いちばん興味を示してた西武の選手がデストラーデだったから、不機嫌な表情をクラスメイト男子にその場で見せてしまった。――で、その男子とは席替えを機に疎遠になった」

「……記憶力いいんだね」

「わたしのお母さんが話してくれたコトだから、簡単には忘れないよ」

「……親孝行」

「孝行したくなるお母さんなんだもん」

 

× × ×

 

現在のお母さんと少女時代のお母さんとのギャップは正直萌える。

『最近になって特に、お母さんがとんがってた過去が掘り下げられてる気がするな……』

そう思いつつダイニング・キッチンに入り、強気のお値段だったはずのクッキーをお皿にドドドドッと流し込み、「リビングC(仮)」へと踵(きびす)を返した。

 

「リビングC(仮)」に再び戻ってきたら、なぎさちゃんが今日1番のニコニコ顔になっていた。

少したじろいだから、脚が一旦停(と)まるけど、再度歩き出し、互いの座り場所の間(あいだ)にある長テーブルにクッキーのお皿を置く。

ソファに腰掛け、向かい合う。

そしたら、

「あすかちゃぁん」

と甘めの声をなぎさちゃんが出してきて、

「もし仮に、今、羽田利比古(はねだ としひこ)くんから連絡が来て、『10分後に邸(いえ)に帰ってきます』って伝えられたら、あすかちゃんはココロの準備ができる?」

わたしの背中もお腹も急速に冷え冷えとなり始めた。

背中とお腹だけじゃない。胸も。足のつま先も。

なぎさちゃんがとうとう「先制パンチ」を繰り出してきた。胸の奥まった部分を抉(えぐ)りこむように打ってくる。

こうなると手強い。攻撃的ななぎさちゃんが露(あら)わになる。冷や汗の粒が何粒もわたしの背筋を伝っている感じがしてくる。

しかも、利比古くんのコトなのだ。現在のわたしの利比古くんに対するキモチがわたしの急激な変調を助長する。見事な先制パンチをお見舞いしてきたなぎさちゃんの眼が上手に見られなくなる。

「答えられないのー?」

可愛がるような口調でわたしに迫るなぎさちゃん。

産まれた年度が同じで、何より性別が同じだから、「把握」が進んでいるのかもしれない。

……ラブコメディ漫画を読みながらニヤニヤしているかの如き様子が、グイグイわたしに伝わってくる。

 

× × ×

 

利比古くんの帰宅予定時刻なら知らされていた。

なぎさちゃんが颯爽(さっそう)と邸(いえ)を去った後(あと)。わたしはわたしの部屋に入っている。利比古くんの帰宅予定時刻はまだ遠い。

気を落ち着かせる方法を必死に練っている。

でも、幾ら練ってもカタチにならない。困る。ベッドの周囲を30分間行ったり来たりしちゃいそうなぐらいに、わたしはわたしの落ち着きを過剰に欠く。

ベッドに強く腰掛ける。あんまりウロチョロしたくない。ベッド上に座って耐え抜きたい。

だけど、ソワソワするのをカラダが我慢してくれない。わたしの意志とわたしの身体(しんたい)が噛み合わない。

キョロキョロしていたら、姿見(すがたみ)が眼に入ってきた。

衝動的に立ち上がる。挙動のコントロールをアッサリ放棄して、姿見めがけてずんずん進む。

肩にかかるぐらいの長さの黒髪を摘(つま)み、それから、

「黒髪のツヤツヤ感、だったら、なぎさちゃんには、負けてないよね」

と、どうしようもないヒトリゴトを吐き出してしまう。

「今日のなぎさちゃんのシュシュに対抗しうるヘアアクセ、探してみなきゃ……」

どうしようもないヒトリゴトが次から次へと出そうになってきてしまう。

自己嫌悪しているヒマも無く、次から次へと……。