板東家(ばんどうけ)にもすっかり慣れた巧(たくみ)くんが眼の前に腰を下ろしている。冴えなかった見た目もだいぶ冴えるようになってきて、たくましさが感じられる。背筋がちゃんと伸びていて、猫背になっていない。進歩である。
わたしはチョコレートパイ的なお菓子をもぐもぐ食べてから、細長グラスのアイスティーをストローで飲み、
「就職活動完了おめでとうだよ、巧くん」
とわたしの彼氏に言ってあげる。
「照れるなあ」
いささか猫背になり、頭部をぽりぽりと掻くから、わたしは少し不満で、
「照れたらダメだよ」
とたしなめる。
「良かったんじゃん、目指してたテレビ業界に入れるコトになって。キー局やキー局の系列局じゃなくて、ケーブルテレビ局だけど、なかなか狭き門なんだしさ」
視線をまた上昇させてくれる巧くんは、
「なぎささんの言う通りだね。都内のケーブルテレビ局なのも、良かったと思う。実家から通勤できる」
実家、か。
わたしはわたしの左手の爪のコンディションをチェックしながら、
「実家には、いつまでいるの?」
「えっ」
不意を突かれたらしき反応を彼は見せて、
「……いつまでいるかなんて、考えてなかった」
「そっか」
わたしは爪のチェックをやめて、
「やがては、ふたりとも、自分の家から……」
と言いかけるけど、
「やっぱいいや。かなり先のコトだと思うし」
× × ×
「なぎささんの闘いは終わってないんだよね」
また猫背になりかかっている巧くんが大げさなコトを言ってくるから、
「就職活動を闘いに見立てないで。『就職戦線』だとか、そういうコトバは大げさ」
シューンとなっちゃう巧くんは、
「ダメだったか」
とチカラ無く言い、
「アナウンサーになるために、きみが各地を飛び回ってるから、気がかりだったんだけど」
わたしはすぐに、
「気がかりで、嬉しい。とっても嬉しい」
と言い、それから、ジットリとした眼を巧くんに示して、
「嬉し過ぎて、そっちの方まで移動して、抱き締めちゃいたいぐらい」
と言っちゃうから、彼は俯くと同時に赤くなる。
「だいじょーぶだよ、わたしなら」
そう伝えてあげて、
「紅葉(もみじ)が色づく頃には、アナウンサーになる切符をゲットしてるよ」
とチカラ強く言ってあげる。
俯き目線が少しだけ上がる彼は、
「やっぱり、頼もしいな、きみは。高校の時から、そう感じてたけど」
× × ×
『頼もしい』って巧くんは言う。
でも、『巧くんこそ頼もしいんじゃん』ってわたしは思っている。
でも、『頼もしいんじゃん』ってちゃんと声に出して言えてはいない。
「わたしも、初心(ウブ)なトコロがあるな」
キッチンで細長グラスに水道水を注ぎ込み、スポンジで洗剤を泡立てる。
呟きが止まらなくて、
「彼の頼もしさを直接認めてあげられないなんて、まるで思春期だ」
とキッチンの窓に向けて声を吐き出して、
「どちらかというと彼をバカにしてたんだけど、そんなわたしの良いトコロを、彼がたくさん言ってくれた、直接」
と言いつつ、細長グラスを逆さまにしてカチャン、と置き、
「わたしの魅力に彼がたくさん気付いてるのがわかったから、高校卒業間際に、彼を一気にスキになった」
と、しみじみとなる。
× × ×
「飲み物はもういいの?」
「いいの」
何も持たずにわたしがわたしの部屋に戻ったから、巧くんが訊いてきたんだけど、わたしはすぐに『いいの』と答える。
それから、
「グラスを洗って拭きながら、昔を回想していて」
と言い、右肘を卓上にくっつける。
「回想?」と巧くん。
「高校時代のコトだよ」とわたし。
前のめり気味になるわたしは、
「自動販売機、あったじゃん」
すぐにはピンと来ない巧くんが、
「『あったじゃん』と言われても、自販機、校内にたくさんあったし……」
「紙パック自販機があったでしょ? 図書館の入り口付近に」
「……思い出しづらいな」
「思い出して」
わたしの強いお願いに、教科書通りたじろぐ彼。
「わたし、要求したいんだけどな~」
と言った後で、ちょっぴり「溜め」を作ってから、
「要求したいよ、『わたしが高校時代によく飲んでた紙パック飲料を思い出す』のを。巧くんなら、言い当てられるって思うし」
とキモチを伝えて、それからそれから、
『言い当てられるって信じてる。ダイスキなあなたを、とってもとっても信頼してるんだから』
と、彼氏には聞こえない声量で、呟いてみる。