【愛の◯◯】浅い眠り故にコドモになっていく彼女を

 

私の手前にはビール缶、羽田愛(はねだ あい)さんの手前には冷酒のボトル。私の部屋で、祝日前夜のささやかな飲み会を催している。

炭酸の入った飲み物を飲んではいけない愛さんは、かなりお値段の高そうな冷酒ボトルを携えて甲斐田家(かいだけ)にやって来ていた。

そんな愛さんが、

「しぐれちゃん」

と私の名を呼び、

「あなたはわたしの5倍楽しいでしょ」

と言ってくる。

「会社勤め故に溜まっている鬱憤を家飲みで晴らせるから、未だモラトリアムのわたしよりも5倍爽快感を得られる」

床に置いた小さめのテーブルを挟んで向かい側の愛さんはそう言って、

「……当たってる? わたしの指摘」

「ストレスは、愛さんが思ってるほど大きくないかも」

ジト目で見てくる麗しき彼女に対して、苦笑いしながら答えるけど、

「でも、しぐれちゃん既に缶ビール4本目よね」

と、痛いトコロを突かれてしまうから、ツラくなる。

 

高級銘柄と思われる冷酒を軽やかなリズムで飲んでいく愛さんは、華々しき容姿にオトナっぽさをほんのりと漂わせている。

教員採用試験失敗のダメージは癒えかけている……のかもしれない。家飲みのスタートから、笑顔を絶やしていないし。

完全にダメージが消えているわけでは無さそうだけど。これは、直感。「オンナのカン」という便利なコトバがあるけど、まさにそれ。

オンナのカンを働かせてしまっていたのがいけなかったのか、

「わたしの心配なんかしてないで、もっと飲みなさいよぉ」

と促してくる愛さんが、さらなるビール缶を私の手元に置いてくる。

「今晩、しぐれちゃん、口数少なめだし」

指摘されて、やや戸惑いつつも、私は、

「……オンナのカンを働かせてるから、かも」

と言うけど、

「そんなコト言って誤魔化そうとしたって、わたしは誤魔化せないわよ~~?」

と、愛さんは自分のカラダを若干前に傾かせながら。

勢い……あるなあ。

 

× × ×

 

ベッドに寝転ぶ私の左サイドで、愛さんが布団を敷いて寝ている。

『グッスリ眠れるのかな……』

一抹の不安が私に過(よぎ)る。自分自身への不安ではもちろんない。愛さんの睡眠への不安である。

飲みの時の勢いは、たしかに凄かった。だけど、その勢いの「反動」が来るのではないかと心配だし、『教員採用試験失敗のダメージが、まだほんの少しこびり付いてるんでは……』という心配も拭えない。

もし、愛さんが、浅い眠りしかできなかったなら。

私は、掛け布団をかぶって、『悪いパターン』への対処を模索しようとする。

 

× × ×

 

いつもの祝日より2時間近く早く眼が覚めた。微睡(まどろ)みの眼をこすった後で左サイドを見る。愛さんがどんな様子なのかが気になる。

『もしかしたら、強制的に眠りを覚まされたりしちゃってるのかもしれない』という悪い予感が的中してしまう。

布団の上で体育座りになっている彼女がいる。いつもの祝日より2時間近く早く眼が覚めた私よりも数時間早く眼が覚めたとしか思えない。

つらそうだ。ヒトコトで、つらそうだ。

彼女のまとう雰囲気は明らかに暗かった。メンタルがマイナスの側(がわ)に大幅に傾いていそうなのは、浅過ぎる眠りに終わってしまったが故だろうか。

両膝を抱えている両手の指が細くて弱々しい。何本か伸びたアホ毛(げ)も彼女の弱りの証明になってしまっている。

助けなきゃ。

このベッドで寝ぼけたみたいにグズグズしている場合じゃない。そう強く思い始める。

私のココロの奥底から、義務感と責任感が湧き上がる。左サイドで弱っている愛さんを真剣に見る。右手を固めに握る。

今まで、助けられてきたことの方が多かった。長い付き合いだ。高校3年で知り合ったのが5年前。思えば、ピンチになってしまった自分の姿を愛さんの前にしばしば晒していた。愛さんは、『しぐれちゃんって、わたしより圧倒的にいいカラダしてるわよね〜〜!!』としばしば言う。だけど、ココロがコドモになっちゃった回数は、私の方が圧倒的に多い。

今は、言わばいつもの逆パターン。愛さんの弱ったココロが、コドモに限りなく近づいている。

この朝は、「お返し」をする朝なんだ。

右手を一層固く握り締める。

「愛さん」

決意の私は彼女の名を呼ぶ。

愛さんの肩がかすかに震えた、気がする。

決意に決意を足して、

「私のトコロに来なよ」

と、私は、告げる。

両膝を抱えていた両手を解き、私を恐る恐る見てくる愛さん。

可愛くて、胸が強くくすぐられるけど、義務感と責任感の方が勝る私は、優しい声を形作って、

「睡眠、足りてないでしょ、ゼッタイ」

「どうしてわかるの……?」

ショボショボの声で訊く愛さん。つぶらな瞳が丸々としている愛さん。

どうしていいかわからない恥ずかしさに満たされてしまった中学2年生みたいに、顔を赤く染め始めている。

私は、掛け布団から抜け出し、両足の裏を床にくっつけ、幼くなっちゃった愛さんに可能な限りのホットな視線を注ぎ込み始めていく。

頭頂部をナデナデするべきか、両肩をナデナデするべきか、背中をナデナデするべきか、迷う。