クーラーがキンキンに効いていて活動教室の環境は申し分ない。1年生女子コンビを取材に行かせた後で、部長かつ3年生のわたしは、某・英単語集をペラペラめくりながら、2年生男子コンビの到着を待つ。
がらーっ、と扉が開いて、身長やや低めのメガネ男子くんが現れた。
ノジマくんである。
わたしが着席している場所まで歩いてきてくれるノジマくん。
ご褒美に、
「団扇(うちわ)、提供してあげるよ」
と言い、某所で複数ゲットしていた団扇の中の1つを差し出す。
「ノジマくん、暑さに弱そうだから」
というヒトコトを付け加えて。
ががーっ、と扉が開いて、身長かなり高めの男子くんが現れた。
タダカワくんである。
わたしが着席している場所まで歩いてきてくれるタダカワくん。
某所で複数ゲットして活動教室に運び込んでいた団扇のストックはまだあったんだけど、
「タダカワくん、暑さに強そうだから、団扇は提供しなくてもいいよね?」
わたしにそう言われたタダカワくんは、わたしが提供してあげた団扇をノジマくんがパタパタ扇いでいるのを見やりながら、
「1年生女子コンビは既に取材に出向いてるんですよね、いったいどの部活に……」
と部長たるわたしに訊いてくるけど、
「お口(くち)、チャックだよ!!」
と大きな声でわたしが告げたから、面食らう。
× × ×
読者の皆様、1年生女子コンビの個人情報を今回も開示できなくて申し訳ありません。
代わりに、わたくし貝沢温子(かいざわ あつこ)という人間の自己紹介をば。
わたしは『スポーツ新聞部』という部活の部長であります。部長職はまだ譲っていません。他の部活よりも引き継ぎの時期が遅くなるのは、『スポーツ新聞部』の伝統でありまして。
部長でもありますが大学進学を希望している受験生でもありますので、さっき英単語集をペラペラしていたのは、スキマ時間を受験勉強に割きたかったからなんであります。
後(あと)は、余計かもしれないんですけど、『彼氏ができたのか?』とか『告白されたりしたコトが最近あったか?』とか、そーゆーコトは、『お口にチャック!!』でありますねー。
次期部長はのんびり検討すればいい。しかし、ノジマくんとタダカワくん、それぞれの『部長適性』は探り始めておきたいトコロだ。
わたしが着席している机に「サイコロ」が入っているのは分かっていたので、右手を入れて取り出してみる。
転がして、出目(でめ)を見る。
偶数だった。
なので、
「タダカワくん、ちょっとこっち来てよ」
呼び寄せたわたしに素直に従ってこっちにやって来たタダカワくんが、
「なんでしょうか?」
と問うた直後に、
「わたしと2人きりで取材にいこーよ」
本日2度目の「面食らい」を見せてくるタダカワくんが、
「センパイ……? 2人きり、って……!!」
なははー。
× × ×
「ウチの水泳部は由緒正しいんだよ」と言いながら、校内プールへの道を歩く。
8月終わりのギラギラとした太陽の下で、水泳部の過去の実績を説明し続ける。
一旦立ち止まって、斜め後方のタダカワくんに眼を寄せて、
「OGに神岡恵那(かみおか えな)さんって女性(ヒト)が居て、現在(いま)も水泳選手として活躍してるんだけど、『スポーツ新聞部』のOBの男性(ヒト)と恋人同士らしいんだよ」
と言ってから、後輩ボーイの彼が顔を少し赤くするのを確認する。
「ねえ」
少し赤面中のタダカワくん方面にカラダを完全に向けたわたしは、
「水泳部と言えばさー。タダカワくん、キミは、クロールだったら、100メートルを何秒で泳げるの?」
と訊くけど、タダカワくんは不甲斐無く、
「自己ベストは、企業秘密で……」
とか答えてきて、わたしの機嫌を少し損なわせる。
不甲斐無い応答をするどころか、
「貝沢センパイは、どうなんですか?」
いや、『どうなんですか?』って。
そんな訊き方じゃ、なんにも答えられないよ。
わたしは、眼つきを少しキツくして、タダカワくんを眺める。
が、
「クロールで、100メートル、『泳げるのか』って。そのコトを、おれは知りたいんですけど」
というコトバをぶちかまされて、頭の中の血流が、爆(は)ぜる……!!
× × ×
『タダカワくんはマジで失礼だね!! ギリギリ泳げるよっ』
叱りながら答えるわたしがいた。
プールでの水泳部取材は2人でやったけど、活動教室への帰り道ではタダカワくんの顔を一切見てあげなかった。
活動教室がある校舎に入る寸前でわたしは横道に逸れ、自販機コーナーに向かった。
活動教室に入った後で、迷いなく、ノジマくんが作業をしている席にずんずんと突き進む。
ノジマくんの机の空きスペースに麦茶のペットボトルを置いてあげる。
彼の目線が上向くと同時に、
「次はキミの番だよ、ノジマくん」
× × ×
もちろんのコト、タダカワくんの次にノジマくんを取材に連れ出すためのコトバだった。
タダカワくんみたいに失言しないでね、ノジマくん。
「ウチのバスケ部が結構強いのは知ってるよね?」と言いながら、体育館への道を歩く。
ギラギラの太陽にコンガリと焼かれつつ、バスケ部の今年度の成績をわたしは語っていく。
一旦立ち止まって、ノジマくんに背中を見せたまま、
「ウチのバスケ部にまつわる、『嘘みたいなホントの話』があって……」
ノジマくんが歩みを進める気配をわたしは感じ取った。興味があるみたいだ。
「『伝説』みたいなのが残ってるってコトですか?」
「そうそう」
興味を示してくれたご褒美でわたしは振り向いて、
「その昔、帰宅部の『とある男子生徒』が練習試合に『助っ人』として駆り出されたの。なんとその練習試合で、ちょっとあり得ないコトが起こって。というのはね、ウチのバスケ部が、相手校に120点差で勝利しちゃったんだよ! 一説によれば、『助っ人』に過ぎないはずだった『とある男子生徒』が、1人だけで約100得点を稼ぎ出したらしくって……!!」
『約100得点を稼ぎ出した』と言うトコロに、力点(りきてん)を置いてみた。
わたしはノジマくんの興味を増したかったんだけど、ノジマくんはキョトーン、とした顔。
もっと「食いついて」ほしいのに。
失言をぶちまけたさっきのタダカワくんよりはマシだけど、もっと期待に応えてくれた方が嬉しいぞー?
「……それ、『ホントみたいな嘘』なんじゃないですか?」
ノジマくんがそう言ってきたので、ほんの僅かに機嫌を損ねてしまうわたしがいる。
3年女子たるわたしは、『分からせなきゃ』というキモチでもって、
「あまーい」
と言い、それから、何歩も歩いてノジマくんにどんどん距離を詰めていき、ジト目で彼の顔を見上げてみる。
身長やや低めといっても、155センチのわたしよりは10センチ以上高いのが確実だから、必然的に、わたしが見上げてノジマくんが見上げられる構図。
ジト目になったわたしに顔を覗き込まれるような感触を覚えたのか、戸惑って、情けない2年生ボーイは目線を横に逸らす。
よくないぞー、ノジマくん。
さっきのタダカワくんとは別の意味で、叱りつけたくなっちゃうじゃん。
不満を示し続けるコトで、ノジマくんの目線をわたし方面に戻したい。だから、わたしはノジマくんの顔を見上げて凝視し続ける。彼の目線が戻るまで、バスケ部取材はお預けだ。たとえ、取材予定時刻に遅れて、バスケ部のキャプテン男子に怒られたとしても。
……困惑のさなかのノジマくんではあったけど、わたしの凝視に屈してくれて、とうとう目線をわたしの顔に注いでくれるようになった。
『嬉しいよ、ノジマくん。2年生になっても、視線の注ぎ方がコドモっぽいままではあるけど……』
そう感じて、胸の中が暖まるわたし。
しかし、しかしながら。
「オトナのお姉さんぶらないでくださいよ」
と、ノジマくんが突然にあり得ないセリフを吐き出してきたので、暖まった胸の中に不穏な焔(ほのお)が産まれ始める。
「『あまーい』って言うのも、そういう風に見上げ続けの姿勢になるのも、全然センパイらしくないです。オトナのお姉さんを演じようとして、空回りになってる……。ぼくの言ってる意味、分かりますか?」
……わたしは、ガマンできなくなった。
何を?
ググギュギュギュ、と、右の拳を、キツくキツく握るのを。