【愛の◯◯】激強(げきつよ)モードの後輩女子に、袖を優しく握られたりして……

 

カフェ『しゅとらうす』に来ている。親愛なる後輩たる川又(かわまた)ほのかさんの実家のカフェだ。

お小遣い目当てでお店のお手伝いをしている川又さんが、3杯目のコーヒーをわたしの手元に置いてくれる。

まだ3杯目に過ぎないのであった。いつものペースならば、5杯目あたりに突入している頃なのに。まるで、コーヒーという飲料へのわたしの意欲が極度に落ちているみたい。

二口(ふたくち)だけ啜った後で、溜め息をついてしまった。溜め息をついたカウンターには某・学術文庫レーベル。卒業論文を前に進めるために眼を通すべき文献が収録されていたんだけど、せっかく『しゅとらうす』にまで持ち込んだのに、ページを繰(く)るコトが全然できていなかったから、持ち込んだ意味が無くなってきてしまっている。

◯くま学術文庫から眼を背けて、カウンターに両肘をくっつけて顔の前で両手を組み、またもや溜め息をついてしまう。

新世紀エヴァンゲリオンの主人公の父親みたいなポーズするんですね」

向かい側から、川又ほのかさんによる唐突なご指摘。

戸惑うわたしは、組んだ両手を解(ほど)いてしまい、

「んんんっとー、エヴァンゲリオンの主人公は、碇(いかり)シンジくんで、彼のお父さんの名前は、碇ゲンドウ……だったっけ?」

「そうです。碇司令(いかりしれい)です。よくご存知で」

「キャラ名、知ってるだけで、エヴァンゲリオンの本編映像は、全く視(み)たコトが無いの」

「無理に視ようとする必要も無いですよ、視たくなったら視ればいいんです」

川又さんって、アニオタ的な側面、あったっけ。そういう側面をわたしに見せてきた記憶は、全くと言っていいほど無いんだけど。

『……まあいいや』と胸の中で呟き、川又さんが身に纏(まと)っている薄茶色のエプロンの胸の下辺(したあた)りを直視する。

それから、

「ごめんね」

と、今度は声に出して呟いてみる。

不甲斐無いから、コーヒーをあまりお代わりできていない。不甲斐無いから、持ち込んだ文庫本を全然読み進められていない。その上、溜め息を複数回漏らしたり、可愛い後輩たる川又さんの顔を見上げられずに胸の近辺に視線を注いでしまったり。

『ごめんね』と謝ったけど、迷走は続く。薄茶色エプロンの胸付近に目線が留(とど)まり、可愛い後輩のショートボブの髪を見てあげられず、可愛い後輩のフニフニとした触感のありそうな顔のお肌も見てあげられない。

ここで、

「『ごめんね』って、なんですかー?」

と訊いてくる、川又さんの声。

一気に目線が上がる。ショートボブとフニフニお肌が視界に食い込んでくる。川又ほのかさんは朗らかに笑っている。

わたしが1番ビックリしたのは、彼女の声音(こわね)だった。弄(もてあそ)んでくるような響きも強かったから。先輩・後輩の立場が逆転しているかのようだった。

「もしや、3杯目の途中でコーヒー飲むのが停(と)まってるのを、申し訳無く思ってたり?」

……ホントは、『それもある』と答えたいトコロだけど、ショートボブとフニフニお肌に釘付けになるばかりで、お返事を声に出せそうに無い。

「無理して飲み干さなくてもいいんですよ」

と川又さん……。

そんな。あなたが淹れてくれたコーヒーなのに。途中で飲むのをやめるなんて、犯罪的だわ。

「お会計とかも、どーでもいいんで」

そそそそんな!?

わたし、代金ぐらい、ちゃんと支払いたいのよ!? 所謂(いわゆる)『ツケ』になったコトだって、1度や2度ならあるけど、それでも、飲み残しの上に代金払い残しだなんて、凄まじく犯罪的じゃないの……!!

「唖然となってますね~~」

意味深にニヤけていく後輩の表情が、眼に焼き付きまくる。

「これは――『場所移動』しか、無いかなあ」

『場所移動』の漢字4文字が、実体のあるが如き衝撃(インパクト)となってわたしを襲う。

 

× × ×

 

「わたしの不甲斐無さが、どうしても許せなかったのね……ほのかちゃん」

不安な足取りで川又家(かわまたけ)の廊下を歩きながら、わたしは言うけど、

「羽田(はねだ)センパイのコトは、24時間365日、許してますけど?」

と、ほのかちゃんは取り合おうとしない。

先行するほのかちゃんは、ほのかちゃんのお部屋にグングン近付いていく。ほのかちゃんのお部屋の入り口ドアがわたしの眼にもハッキリとしてきて、胃が鈍く痛む。

ほのかちゃんルームに入ってからほのかちゃんがしてくるコトを想像してしまった弾みで、背筋が冷え込んでいく。季節外れの背筋の冷え込みの原因は、彼女が表現してくるであろう愛情に対する怯え。

人間関係の「もつれ」などの問題もあるはずなのに、ほのかちゃんは、強い。どうやったらこんなにココロの強さを保てるのか、15日間連続のマンツーマン授業で教えてもらいたいほど。

ほのかちゃんの強さとわたしの弱さを比較して、情けないセンパイになり切ってしまっているのを強く自覚してしまうわたしは、とうとう脚が進まなくなる。

「ヘンテコなタイミングで脚が停(と)まっちゃうんですね」

ほのかちゃんルームの入り口ドアを半分開けたほのかちゃんが振り向いてきて、

「わたしにイジめられるワケでもないのに、センパイってば、俯き過ぎだし、縮こまり過ぎ」

と言ってきてから、ダメなわたしに成り下がったわたしに数歩(すうほ)歩み寄ってきて、静かに左腕を伸ばして、わたしが着ているシャツの右の二の腕部分の袖を優しく握ってくれる。

 

× × ×

 

ほのかちゃんルームの奥の方にわたしはフラリフラリと進んでいった。壁の間近で腰を下ろし、両脚を抱き締めるように丸く縮こまった。

そこにペタペタと接近してきたほのかちゃんが、ピンク色の耳で有名な某・サ◯リオさんの某・ウサギのメ◯ディちゃん的なキャラクターぬいぐるみをわたしの両膝(りょうひざ)に乗っけてきた。

わたしはマ◯メ◯ディちゃん的なぬいぐるみの両耳部分をプニプニ弄(いじ)り始めるけど、

「本音を言わせてもらうと、ク◯ミちゃんの方が、好きかも……」

と、余計に余計を重ねたみたいなコトバを口から出してしまう。

「ま、そーゆー好みも、アリですよねー」

勉強机前の椅子に腰掛けてわたしを温かく見下ろすほのかちゃんは、

「昔、『おねがい◯ロミちゃん』ってアニメの主人公になりたかったとかでしょ、羽田センパイ」

わたしは激しく驚いて、

「え、ええっ、そんなアニメ初耳よっ、ほのかちゃん」

「そりゃーそーですよ、だって、今わたしが『でっちあげた』架空のアニメ番組なんだもん」

ななっ。

か……完全に、ほのかちゃん、わたしを弄(もてあそ)んでる。そして、わたしは、完膚(かんぷ)なきまでに弄ばれてる。

「本当にあった『おねがいマイメロディ』ってアニメには、クロ◯ちゃんも当然ながら出演していてー」

「……それは、耳にしたコトなら、ある」

「耳にした『だけ』ってコトなんですね、センパイ♫」

楽しそうに愉(たの)しそうに言うほのかちゃんに対して、無言で頷いたら、

「じゃ、たぶん、ク◯ミちゃんの声優も、ご存知無いか~~」

ほのかちゃんの迫力ゆえか、謎の冷や汗が背中を伝うのを自覚するわたし。

畳み掛けるように、

「どーやらご存知無いようですので、大サービスでわたしが教えてあげますよ☆」

と言い放ったかと思うと、急に椅子から立ち上がり、壁近くで小さくなっちゃっているわたしに「進撃」してくる、ほのかちゃん。

「えへへー」

と言って元気に微笑んだかと思うと、熱めの視線をわたしの顔面辺りに注ぎ込み、焦(じ)らしてくる……。