実家のおれの部屋で、おれは目覚めた。普段はマンションで愛(あい)と「ふたり暮らし」なのだが、実家の邸(やしき)に住んでいる人々からの要望もあって、週末などにいわば『プチ帰省』をしたりするのである。
ただ、「ふたり暮らし」パートナーの愛は、今回は所用によって『プチ帰省』に同行せず。
もし、愛も『プチ帰省』をしていたのなら、こんな時間帯までベッドに入っているのを許さずに、おれの部屋に乱入してきてベッドの掛け布団を引き剥がすコトだろう。
でも、幸運なコトに愛ちゃん不在の『プチ帰省』だったから、ゆっくりゆったりまったりと目覚められた。
フワ~ッと身を起こし、フワ~ッとベッドから抜け出し、朝の体操を始めていく。緩慢(かんまん)との謗(そし)りも受けそうなスローテンポで、カラダを徐々にほぐしていく。
テレビ朝日系のニチアサのキッズなタイムが過ぎていたのを少しだけ惜しみながら、階段を降りて1階フロアを歩いていく。着替えは済ませているおれ。後は、朝の食い物を腹の中に詰め込めたら、カンペキだ。
ダイニング・キッチンに向かう途中に、『リビングA(仮)』が存在する。邸(ウチ)のリビングの中で最も広大なので、リビング『A』。ただしこれは、おれの妹による暫定的な『A』認定に過ぎない。だから、『(仮)』がくっつくというワケだ。
さて、『リビングA(仮)』に進入したおれは、とある人物がソファに腰掛けているのを見て、ギョギョッとしてしまったのである。
身長159センチ。短髪。おれと同じく社会人3年目の、おれと同じ高校出身の腐れ縁な女子。
藤村杏(ふじむら あん)。
オイオイ、久方ぶりの登場じゃねーか。この邸(いえ)に、長いコト来てなかったろ。『長い』といっても、3年ぶりだとか5年ぶりだとかでは無いけども……。
「おはよう戸部(とべ)。今日も朝から、冴えないね」
おれの存在に気付き、おれの立つ方に振り向き、さっそく攻撃的なコトバをかましてくる高校同期腐れ縁女子。
挨拶も返さず、反撃コトバも口に出さず、藤村から見て左斜め前のソファまで移動して着座する。
それから、
「アポ無し訪問は、NG大賞レベルやぞ」
と、「にわか関西弁」を混入させながらたしなめるが、
「舐めた態度取らないでよ!? 朝から最低だね」
と絶叫する藤村に、クッションを投げつけられてしまった。
やがて藤村杏は落ち着きを取り戻し、
「さっきまで、あんたのお母さんと濃ゆいお喋りをしてたんだよ。わたし、聴いちゃったんだ」
と言ってから、いったんコトバを切った後で、
「どんなエピソード、聴いちゃったと思う?」
おれは、
「分からん」
と、半ば生返事で言う。
そしたら、藤村杏は藤村杏特有のウキウキVOICE(ボイス)で、
「明日美子(あすみこ)さんって、大学時代に、キャンパスでナンパしてきた男子(オトコ)を4年連続で『撃退』した『実績』があるんだって!! その『撃退ぶり』も面白くってさあ。明日美子さん、今はあんなに『聖母のマリアさま』みたいな優しい女性(ヒト)なのに、若い頃はずいぶん『とんがってた』んだねえ」
母さんの「そういう過去」なら、とっくにインプット済みだったので、
「なんだそれだけかよ、おれはもっと生々(なまなま)しいエピソード知ってんだぞ」
いっしゅんコトバを途切れさせてしまった後(のち)に、藤村は、
「……なに、『生々しい』って」
圧倒的に平静なおれは、
「さらに遡って、母さんのJK時代のハナシになるんだが」
と前フリしてから、
「JKだった母さんが、ある時、片思いをしてた男子に図書館裏で告白したが、告白は見事に大失敗に終わって、完膚なきまでに失恋した。身も心もボロボロになって埼玉県の家に帰ってきたJK母さんは、翌日学校を欠席した、『仮病』という手段まで利用してな。で、ここからが母さんのスゴいトコロなんだが、終日(ひねもす)自分のお部屋に引きこもっていただけではなく、右手に掴んだボールペンで、自分のベッドをひたすら叩きまくっていたそうな」
令和7年最大の衝撃を受けたと思われる藤村が、
「なにそれ……なんで明日美子さん、そんなコト息子に打ち明けたの」
「知らねーよ」
と、つれない反応を藤村にいったんはしてしまうけど、
「たぶん、いい思い出だからじゃねーのか?」
と、おれ自身の考えをハッキリと伝え、藤村に向かって微笑(びしょう)を届けてやる。
× × ×
それから、約30分間、労働のツラい点などを互いに言ったりして過ごしていたのだが、おれは、藤村が姿勢を正し始めていっているコトに気が付いた。
まるでもう一度就活の面接を受けるかの如き姿勢の正しさになっていく藤村。
つられて、おれも姿勢を正していく。
腐れ縁女子の口から発せられるコトが、なんとなく読めたからである。
紛れもなく真面目な顔つきで、藤村は、
「コレだけは言っておくよ、戸部に。愛ちゃんを、ちゃんと愛してあげてよね?」
真面目な顔・真面目な声で伝えてきてから、
「採用試験突破できなくて、落ち込んでるんだから」
と、真剣に言う理由を付け足す。
藤村の目線が下降していく。なんだか、採用試験1次選考の結果に直面した直後の愛の落ち込みようと、連動しているみたいだ。おまえが落ち込んでどーするねん、藤村よ?
「分かっとるわ、藤村なんかに言われるまでもない」
そういう風に反応した後になって、『やべっ、反応が攻撃的になり過ぎたか……』という念が芽生えてきてしまった。
後(あと)の祭り。藤村は目線を上昇させるけど、険しい表情を顔全体に浮かび上がらせながら、手前のテーブルに置かれていたスポーツ新聞をぐしゃり、と手に取った。
そのスポーツ新聞を丸めた直後に、
「この、スカポンタンっ!!!」
と大絶叫しながら、丸めたスポーツ新聞をおれのカラダ目がけて投擲(とうてき)してきた。
ポスン、とスポーツ新聞がおれの胸元に当たる。申し訳無いが、全く痛くない。
『スカポンタンっ!!!』と罵倒されるのがある程度読めていたおれは、無惨なコトになったスポーツ新聞を拾い上げてやり、ページをめくって野球面に眼を走らせる。
藤川球児新監督のもとで予想外に(?)好調な阪神タイガースの記事が眼に留まった。
ので、
「なあなあ、おまえのクールダウンも兼ねて、なんだが……」
『なにを言い出すの、このマヌケ腐れ縁男子は!?』と言いたげな藤村の反応を眼に映しつつ、
「しりとりを、しないか? 1つだけ、縛(しば)りを作るんだ。こーゆーのはどーだろうか、『阪神タイガースに所属したコトのある選手だけで、しりとりをする』。もちろん、現役選手であるかどうかは問わない」
と提案。
しかし、案の定、藤村は藤村の顔面を一気に紅潮させて、
「しりとりなんかするワケないでしょ!! しかも、その『縛り』は、なに!? あんたの彼女の愛ちゃんもあんたも両方横浜DeNAベイスターズ贔屓(びいき)でしょ!? 阪神タイガースの選手で縛る理由、1つも無いじゃん……!!」
そう言ってから、おれのカラダに向かい、前のめり姿勢になっていきつつ、
「そんなしりとりをするぐらいなら、『パワフルプロ野球』であんたにメッタ打ちされた方が、1000倍マシだよ!!」
おー。
ほほお、そうか、そうですか。そうでありますか、藤村さん。
『パワフルプロ野球』の名前を出してきたってコトは、『パワフルプロ野球』で遊びたいって意思、あるってコトですよね??
だったなら、
「分かったよ。ちょっくら、Switchと最新版の『パワプロ』、持ってきてやる」
そう告げてソファから腰を上げかけるおれの姿を目の当たりにした藤村が、
「持ってくるって……どこから……? どんな場所から……??」
と、うろたえる。
「あれ~? おまえ、確か知ってただろ? ファミリーコンピュータからSwitch2まで全部揃っていて、それらのハードの主要ソフトも漏れなく揃っている『お部屋』の存在を」
藤村がハッとして、
「もしや、あの『お部屋』……!? 少し手を加えれば、レトロゲームショップに模様替えできそうな」
「そーだよ。この邸(いえ)の中で、あそこがいちばん秋葉原だな」