【愛の◯◯】100%の共有に、限りなく近付けるように。

 

愛(あい)ちゃんがもうすぐ来るというのに、蜜柑(みかん)がリビングでダラけている。

当然のコトだけれど、蜜柑に「その気」を出させなければいけない。ソファの背もたれにだらしなく引っ付いているメイド服を睨みつけながら、策を練る。

大きく息を吸って、

「テーブルの漫画本を全部片(かた)して、ダイニング・キッチンに行きなさい!!」

と、わたしは叫んだ。

メイド服に包まれた蜜柑は背筋を伸ばすけれど、テーブル上に散乱した漫画単行本が如何にも名残惜しそうだ。

結局のところ、蜜柑は立ち上がってテーブルの前まで行って漫画単行本を回収する。

わたしを凝視してきたかと思えば、

「『3回まで』ですよ、ご飯のお代わりは。ウチにしたって、お米不足なんですから!!」

と、叫び返してくる。

もちろん、蜜柑が言っているのは、夕食時におけるわたしの振る舞いのコト。

幾らわたしが自他共に認める「大食いお嬢さま」だからって、負け惜しみのセリフを言っているとしか思えないんだけれど!?

 

無意味な不満顔を見せつけてきた後で、蜜柑はリビングを去った。

『いったい頭の中はどーなってるのかしら、四捨五入したら三十路(みそじ)のクセして……』

わたしより年増……もとい年上の住み込みメイドにイラついて、社長令嬢のわたしはスリッパでフローリングを数回踏み鳴らしてしまう。

社長令嬢らしからぬ仕草は打ち切って、リビングの至近に設置されているピアノへと眼を転じる。できる限りスリッパを鳴らさないようにピアノまで歩いていき、手前の椅子に腰掛ける。そして、自分なりのアレンジを混ぜて、ココロに浮かんできた楽曲を弾き始める。

弾き終える頃になって、ハッとした。

「この曲、愛ちゃんと連弾したコトのある曲だわ」

抑えきれなかった、独(ひと)りごちの声を。

迂闊(うかつ)過ぎる、弾き終える頃まで気付かなかったなんて。

 

× × ×

 

応接間で、愛ちゃんと向かい合っている。

今日も美人だけれど、なんだかキモチのモヤモヤが伝わってくるみたい。たしかに、ソファの座り方は蜜柑の150倍洗練されているけれど、洗練され過ぎていて却(かえ)って元気の良さを上手く感じ取れないのよね。

『どうしたものかしら』と思っていたら、

「お待たせしました」

というコトバと同時に、ソフィスティケートされていない20代後半メイドが応接間に出現し、ニッコリしながらコーヒーと紅茶を運んできた。

愛ちゃんのためにコーヒーを置き、わたしのために紅茶を置く。

紅茶のお皿がテーブル上に置かれた1秒後に、わたしはソファから立ち上がった。

ずんずんと蜜柑に接近していき、

「乱暴過ぎやしませんか!? 訴えられても文句言えないですよ!?」

という悲鳴が響く中で、メイド服の背中をぐいぐいぐい、と押して蜜柑をこの場から消去しようとする。

 

「……きびしいのね」

一部始終を見ていた愛ちゃんの声が、くたびれている。

「どうしてそんなにくたびれているの?」

直球勝負で、訊いてみた。

彼女は弱々しく、

「昨日の祝日は、おとうさんと『父娘(おやこ)デート』で幸せだったの。だけど、幸せ過ぎて、反動が来たみたい」

と答える。

彼女の発言内では『お父さん』ではなく『おとうさん』と表記する方が相応しいほどに、愛ちゃんは愛ちゃんのお父さんを溺愛しているのだ。

『父娘デート疲(づか)れ』を突っつくのは控えて、

「あなたのお父さんはアクティブでステキなお父さんね、3連休ずっと引きこもって玩具(おもちゃ)ばっかりイジってたわたしの父なんかとは違って」

と、彼女のお父さんたる守(まもる)さんを褒め称える。

ダンボール戦機』というアニメの関連商品をイジるのに没頭していた父を、さらに貶(おとし)めていきたかったんだけれど、

「あんまり言ったらダメよ、親御さんの悪口とか……」

とたしなめる愛ちゃんの声が消え入りそうになっていくから、『彼女を救いたいメーター』が一気に上昇する。

 

× × ×

 

こんな状態では、ピアノも弾けそうにないわね。少しだけ、『愛ちゃんと連弾がしたい』ってキモチもあったんだけれど。

愛ちゃんと連弾したコトは、これまで沢山あった。中等部3年の時に、仲良くなった。あれから、はや8年。彼女もわたしもしばしば「浮き沈み」を経験したけれど、あまり波風の立っていない時には、しばしば横並びに座ってピアノを弾いていた。

『波風が立っていない』っていうのは、主に自分自身に。波風が『立っている』時は、『荒れた』。周りに迷惑をかけてしまったのを自覚するたび、自分自身のコトをなかなか許せなかった。

愛ちゃんも、わたしと同じなのだ。『『波風立ってる』時は、自分で自分に激怒しちゃったりするのよねぇ』と言っていたのを、鮮明に記憶している。

……むしろ、『波風立ってる状態』の方が、まだマシなのかもしれないわね。今の眼の前の愛ちゃんの沈み込み具合は、海の水位がぐんぐん下がっていっているみたいだし。

こういう時の打開策の1つとして、「原点に回帰させる」っていうのはどうかしら? 例えば、わたしと彼女の2人が初めてピアノの前に横並びに座った時のコトを、思い出させたりするとか……。

初めて「友だち」として距離が縮まった放課後の日付さえも、わたしはインプットできているんだから。

「どうしたの、アカちゃん……?」

いつの間にか、愛ちゃんの眼が丸くなっていた。わたしのせいで、眼を丸くさせてしまった。原因は、「モノローグ」という名の自分の世界に潜っていたコト。

リカバリーしなきゃ……』と思いつつ、モノローグのお時間をもう少しだけ貰うコトにする。

わたしは、小学校の「お受験」に失敗したコトを除いて、大事な試験で不合格だったコトが無かった。だから、教員採用試験の1次選考で『ハネられてしまった』愛ちゃんの挫折を本当の意味で共有するのは、不可能だ。

でも、「だからこそ」、共有する努力を怠ってはいけないのだ。100%挫折を共有できなくても、100%に限りなく近付いていけるように。その努力をひとたび怠ってしまったならば、大親友である資格は失われる。

まずは、彼女の「傷口」のお手当てから。

眼を丸くし続ける愛ちゃんを見据え続けて、彼女の「傷口」の消毒方法を考え続ける。

 

× × ×

 

「あらかじめ約束しておくわ、『今夜はアルコール摂取しない』って」

考慮の末、こういうコトバを愛ちゃんに送り届けた。

なんだかややこしいから念のために言っておくと、この場合の『アルコール』は、すっかり定着した消毒方法のための『アルコール』とは異なる。

「あなたを想うココロに、アルコールを混入させたくないの」

楽曲のテンポを速めるようにして、矢継ぎ早に、

「お互い素面(シラフ)でいきましょうよ……15歳の頃に戻りたいし、あなたを15歳の頃に戻したいの」

大きく驚いた愛ちゃんが、

「アカちゃん何言うの……? 幾らあなたが戻そうとしたって、15歳の頃になんか戻れっこないわよ」

苦笑しながら、

「わかってくれないみたいね」

とわたし。

「だっだからっ、『わかってくれないみたいね』とか、突拍子もないコトは、あまり……」

「あせらないのよ」

こう言ったのがとても有効だったみたいで、呆然となった愛ちゃんがコトバを失う。

わたしは厳しめに、

「荒療治するしかないみたいね」

と告げてみちゃう。

ソファから立ち上がり、その数秒後には、彼女の目前に立っていた。

ビビってしまう愛ちゃんが、ココロの底からカワイイと思う。

ピンチになったが故の可愛らしさが、わたしの胸の中をグリグリとくすぐってくる。正直、とっても気持ち良くて、ほんのちょっぴり卑怯。

「あなたの彼氏さんの得意技よ」

と言いながら、右手をスゥ~~ッ、と上げてみる。

まさかビンタするだとかという犯罪的な魂胆があるワケも無いし、彼女の最高に充実している左のほっぺたに優しく触れるという風な魂胆も無い。

わたしの右手は、愛ちゃんの頭頂部まで、まっしぐら。

 

× × ×

 

「ナデナデされちゃったお気持ちは、どうですか?」

自分が座っていたソファには戻らず、彼女の右隣に座ってあげている。

15歳のような幼さを発揮させたくて甘々(あまあま)な声音を作り、愛ちゃんにお気持ちを訊こうとした。

しかし、彼女からは、やや意外な反応。

ちょっぴり強めのチカラで、わたしの左手を右手で握ってきたのである。

インタビュー拒否でこういう反応をしてくるってコトは、もしかすると怒り始めちゃってるのかしら。

……いいえ、それは無いわね。

感じるんだもの、カラダの温(ぬく)みとカラダの柔らかさを。それこそ、仲良くなったばかりの15歳の時みたいな……!!