弟の学武(マナム)と遊んであげるために、マナムの部屋に入った。
年の離れた姉としての務めだ。わたしは高校2年生、マナムは小学3年生。マナムが思春期や反抗期に入るのは、まだもう少し先のコト。思春期や反抗期になってグレるのを避けるためにも、今の内にマナムといっぱい遊んであげたいし、遊んであげる「べき」なんだと思う。
手招きこそしていないけど、待機しているテーブルの所に一刻も早く来てほしいのは明らかだ。優しい笑顔を絶やすコト無く、姉のわたしは、マナムが待ち焦がれているテーブルに歩み寄ってあげて、座布団に柔らかく腰を下ろす。
「ポケモンカードやろうよ」
言ってきたのは、マナムの方。ポケモンカード専用シートが既にテーブル上に広げられていて、マナムの分のデッキも既に出来上がっていてマナムの手元に置かれていた。
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小学3年生ゆえに理解の難しいカードの記述を平易なコトバで説明してあげたりしながら遊んだ。なんだか、将棋や囲碁の指導対局みたいだった。
わたしはわたしの部屋に戻ってきたのだ。すぐさま、ベッドにうつぶせ状態になる。枕元に這い寄り、あらかじめ置かれていたスマートフォンのロックを解く。そして、画像ファイルのストックの中から、『とある女性』の画像を表示させる。
羽田愛(はねだ あい)さん。
我らが『KHK(桐原放送協会)』のOBたる羽田利比古(はねだ としひこ)さんの、実のお姉さんである。今年度で23歳になるそうだけど、まだ大学生。そういう事情はそっとしておいてあげるとして、利比古さん経由で回ってきた愛さんの画像を右人差し指と右中指で少しだけ拡大する。
愛さんは、信じられないぐらい美しい容姿の女性(ヒト)だ。弟の利比古さんも素晴らしく美形であるのもうなずける。現在22歳なんだけど、瑞々しき女子高校生の如きお肌の潤いが、画像の中からほとばしっている。そして、髪。栗色のロングヘア。ただの栗色じゃない、ただの栗色だったらこんなに興味を惹いてこない。同性のわたしのハートまでも撃ち抜いてくるが如き、栗色のその輝きといったら……!!
もう少し、愛さんの画像を拡大してみる。愛さんがつけているヘアアクセサリーにわたしは注目する。向日葵(ひまわり)を模したヘアアクセサリーは、さり気なく、しかし明確に、ロングヘアの栗色の輝きの鮮やかさを引き立てている……!!
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チャンスはあるのだ。何のチャンスか? 決まっている、羽田愛さんと直(ジカ)に交流できるチャンスだ。
それは、今月終わりに催される都内某所の夏祭り。諸事情で開催地は絶対に伏せるけど、揚花火(あげはなび)がカラフルで美しいコトで年々知名度や集客力を上げてきている。
その夏祭りにおそらくは羽田愛さんも姿を現すだろうというコトなのである。これも、情報の提供元は利比古さん。利比古さんは、わたしを誘ってくると同時に、愛さんが登場する可能性が高いという情報も提示してくれた。『まあ、姉は結構気まぐれで、当日の午後になってドタキャンしちゃう危険性もそこそこあるんだけどね……』と利比古さんは付け加えていたけど、わたしはドタキャンの可能性なんて全く考慮に入れていない。女神のように美しい羽田愛さんを信じるだけだ、ひたすら。
起き上がってベッドを椅子代わりにしているわたしは、クローゼットに眼を向けながら、
「浴衣用意しなくちゃなー、早急に」
とヒトリゴトを言う。
夏祭りに向けて厄介なコトが1つある。
利比古さんが、わたくし篁(タカムラ)かなえ、だけではなく、KHKにおける『同僚』の豊崎三太(トヨサキ サンタ)くんまでも、お祭りに誘ってしまったらしいのだ。
究極に不都合なコトに、トヨサキくんも、お祭り参加に超・前向き。
妨害されるのだけは、避けたいトコロだ。
例えば、少しでも羽田愛さんに近寄ってきたら、『女神(ヴィーナス)』の『守り役』として、わたしが、トヨサキくんの前に立ちはだかったり、とか……!!!