【愛の◯◯】励ましてあげない方が嘘(ウソ)だ

 

15時00分。学生会館。『漫研ときどきソフトボールの会』のサークル部屋。

今年の春に卒業はしているんだけどやって来た。OBにも扉を開いてくれていて嬉しい。

図書館司書資格取得のための勉強に卒業後は勤(いそ)しんでいる。しかしながら実質無職なのである。必然的に「ゆとり」が生まれる。『たまにはお邪魔したっていいよな』と思い、1つ下の後輩たる幸拳矢(みゆき けんや)にアポを取った。

15時台になった現在のサークル部屋には、

・僕

・拳矢

・羽田愛(はねだ あい)さん

の3名。

実質無職で「ゆとり」があるから寛(くつろ)ぐためだけにサークル部屋を訪れたワケでは無い。たしかに、冷房が効いていて漫画もたくさん読める「貴重な居場所」にしばらく留まっていたいキモチも強い。でも、そういうキモチだけでこの部屋に来たのでは無い。義務感に突き動かされもしているのである。

いったい何の義務を感じているのか?

『羽田愛さんを励ましてあげなければならない』

これが僕の回答だ。

羽田愛さんは僕から見て右斜め前の席についている。すなわち、サークル部屋の奥の方の席であり、幹事長職の人間の「指定席」となっている席である。

羽田さんは2年連続で幹事長を務めている。言わば「留任(りゅうにん)」である。本人にとってはとてもツラいコトだと思うが、「留年(りゅうねん)」したから「留任(りゅうにん)」したのである。つまり、彼女は僕たち同期と一緒に卒業できなかったのである。「5年目の夏」なのである。

彼女にとってツラいのは留年したコトだけでは無い。「とある試験」を受けたのだが手応えがかなり悪かったらしい。そのせいで、沈み込んでいるような様子が目立っているらしい。

知り合ってから長い。だから、彼女の様子がとても心配だ。振り返ってみると3年前の2年生の時にも「落ち込み」が長く続いていた時期があった。あの時は落ち込み具合が深刻だったのでキャンパスに来るコトすらできなかった。今は登校できているのだからあの時よりはマシなのだろう。しかし、今よりもダークな方向に彼女が近付いてしまう危険性は低くない。闇の深みにハマってしまって卒業論文を出せなくなってしまうような事態だけは避けたい。

 

声優オタクとしてどうしようも無い領域に入ってきた拳矢が羽田さんに若手女性声優の情報を提供している。羽田さんは曖昧に頷いたり曖昧に相槌を打ったりしている。『若手女性声優の情報を得たって仕方が無い』とは思っていないと思う。彼女は拳矢の声優トークに真面目に耳を傾けている時の方が多かった。曖昧な頷きや曖昧な相槌には別の理由があるのだ。『主(おも)に精神的に弱っている』。これがおそらく理由なんだろうと思う。

『素晴らしく美人なのには変わりが無いけど、精神的に弱っているが故(ゆえ)なのか、男子の眼から見ても髪の手入れに甘さが残っている……』

思わず思ってしまった。持ち前の栗色ロングヘアの輝きがイマイチなのは確かだ。だけど、思ってしまった弾みで僕は不甲斐無く下を向く。

……下向いてる場合じゃ無いんだけどな。

何のためにここに居るのかってハナシだ。

ワッキー先輩どうしましたか? ぼくが20代女性声優の名前を列挙し過ぎてるから『眼も当てられない』みたいに思ってるとか……」

正面の席から拳矢の指摘を受けた僕は徐々に目線を上げ、

「ぜんぜん違うよ。全く別のコトで俯いちゃったんだ」

拳矢は、

「全く別のコト? いったいどんなコトですか」

と訊いてくるが、

「ヒミツだ」

と答えつつ僕は首をふるふると横に振る。

元通りの目線の高さになった僕は息を吸い込み、

「拳矢。声優トークは自由だ。日本国憲法にも束縛されない。だが……」

真向かいの拳矢が、

憲法の他の何かに束縛されるとか?」

と言ってくるから、再び首を横に振り、

「されないよ。されない。だけど、僕が今日サークル部屋に来た理由を僕は忘れたくないんだ」

と告げ、ビィーッと拳矢に視線レーザービームを伸ばしていく。

視線レーザービームの効果が抜群だったらしい。柔らかな微笑み顔を拳矢が僕に見せてくる。

男子同士の通じ合いだ。僕のコトバによって拳矢は何かに気付き始めている。いや、もしかすると「気付き」を深めているのかもしれない。

僕の方からも微笑(びしょう)を拳矢に向かって示す。そのあと何秒間か眼と眼だけでココロを通わせる。

慌て気味に男子コンビを交互に見る羽田さんが、

「な、なになに、脇本(わきもと)くんも拳矢くんも、どういうコミュニケーションをしようとしてるの」

彼女が慌て気味なご様子を見せてくれてもちろん嬉しい。でも、彼女を慌てさせるためにこの場所に来たワケじゃない。だから、机上で手指を軽く組んだり眼を軽く閉じたりして、『今から言いたいコト』を言う準備を整え、美人の中の美人な大学5年生女子に向けてあらためて視線を寄せてみる。

「あのさ」

切り出し始める僕は、

「羽田さんと僕が出会ったのって、高校3年の夏休みのセミナーだったよね? きみの記憶力ならば、憶えていないはずが無い」

眼を丸くする羽田さんから視線を離さず、

「都内各校の文芸部員の寄り集まりで、『高校生の読書』っていうのが確かテーマで。某・ウルトラ名門女子校の制服着たきみが、休憩時間に僕の隣にいきなり着席してきて」

さらに眼を見張る羽田さんは、

「どうしてそんなコト憶えてるの脇本くん!?」

「どうしてもこうしてもじゃーないよ。忘れられないんだ」

「だっだからっ脇本くんっ、理由、理由、忘れられない理由」

「それは自分で考えてもらうとして」

「ちょちょちょっと!?」

……テンパるんだなあ。

往年の勢いが戻ってきてるのは、素直に喜ばしい。

このまま話を続けていくとしよう。

「――なんというか、きみと僕、偶然が重なってるよね。高3の時のセミナーで偶々(たまたま)出会って、大学入学式の日の新歓ブースで偶々再会して」

軽い息継ぎをして、僕は、

「もっとも、きみと戸部(とべ)アツマさんの運命的な巡(めぐ)り逢(あ)いと比べたら、ショボい偶然の重なりに過ぎないけどさ」

と言ってから、彼女のリアクションを待つ。

彼女が息を吸い込むのが眼に映った。かなり大きな吸い込み方。

「……過度に卑屈にならなくたっていいじゃないのよ。わたし思ってるのよ、『脇本くんに出会えて良かった』って」

『僕も出会えて良かったよ』と応える代わりに僕は、

「アツマさんとの巡り逢いが運命だったってゆーの、否定しないんだねえ」

と、故意にフザけ気味になってみる。

元々気が強いから、元気だったなら怒って椅子から立ち上がってしまうのかもしれないが、彼女のカラダは動かない。

ただ、『ホントに言いたいコトがあるのなら、早く言ってよ』と言われる可能性はあったので、「先回り」をして、

「励ましたいんだよ、羽田さんのコト。実は今日の訪問の主要目的、羽田さんの励ましだったんだ」

「はげます……??」

彼女の弱い眼にココロがくすぐられながらも、

「ショックを受けてるって聞いたから。……ショックの原因も、知ってはいるんだけど、まぁそんなコトはいいとして」

と言い、また息継ぎをしてから、

「知り合ってから丸5年も経つんだし、励ましてあげない方が嘘(ウソ)だろ?」

と明瞭にキモチを伝える。

それから、

「拳矢。おまえだって、羽田さんが心配だよな、励ましてあげたいよな」

と、拳矢の顔を見る。

「もちろんですよー」

清々しい微笑みの拳矢は、

「一刻も早く立ち直ってほしいんですからね、ぼくたち?」

と5年生幹事長女子の方に眼を向けて、

「みんなが思ってます、羽田センパイを『支えてあげたい』って。だから、羽田センパイが『優し過ぎるんじゃないの……?』って言おうとも、全力で優しくなりまくり続けちゃいますから」

まさに狼狽(うろた)え状態の美人幹事長は、

「でっでもっ、でもでもっ、みんなに……悪いわっ」

すかさず、僕の方から、

「なにが悪いってゆーのかな。ぜーんぜん悪くないよ。良心の呵責(かしゃく)だとか、ぜーんぜん、きみらしくも無いし、さ」

誰がどう見ても羽田愛さんは赤くなる。

畳み掛けたくて、僕は、

「きみが思ってるよりも、きみを助けたいって思ってる人は多いんだし。……OKなんじゃないの、もっと大勢の人に頼っても? この際だから具体的に『吐き出して』ほしいよ、きみをナーバスにさせてる要因のコトとかを。とーぜん、言える範囲で構わないから」