午後2時台。実家のカフェの『しゅとらうす』。
カウンター席の羽田愛センパイは今日も美人だ。鮮やかな栗色の長髪もいつも通り美しい。その栗色の長髪をまとめているリボンも7月の季節にピッタリで、とてもいいアクセントになっていると思う。
……そう。たしかに、羽田センパイは、今日も美しいんである。
だけど……「パワー」、という点では、どうだろうか?
いつもならば、スペシャルな美しさに加えて、「パワー」がもっと感じられるのに。今日の羽田センパイ、なんだかネガティブだ。
いつもみたいな元気や勢いを感じるコトができない理由の1つとして、
「どーしてセンパイ、さっきからずーっと、下を向きっぱなしなんですか? かかってる音楽がお気に召さないとか?」
眼前(がんぜん)のわたしに問われて『ビクゥッ!!』という反応を羽田センパイが見せてきた。『ビクゥッ!!』という擬音が漫画みたいに可視化(かしか)されるかのような反応だ。
顔を上げてくれたセンパイは、やっぱり弱々しさに満ちていた。
コーヒーカップを入念に拭く手をいったん止める。カウンター越しに、弱々しさに包まれていってしまいそうな1学年上の彼女目がけて優しい視線を注(そそ)ぎ込んであげる。
「かかってる曲が好みでないのなら、ジャンルを変えてあげましょーか。今はジャズだけど、ロックやポップスにするとか。お客さん、センパイの他に2人しか居ないし、残りの2人も『いきなりBGMを変えても何にも言わない人』だってわたし知ってるし」
「……いいのよ、川又(かわまた)さん。そんな配慮、しなくたって。わたしは今のBGMのミュージシャン、むしろ好きなのよ? 自分で弾いたコトだってあるんだし」
ピアノが特技なセンパイは強がる。
が、
「じゃ、下を向きっぱなしだった原因、いったいぜんたい何だったんですかー? わたしの両親だって、今のセンパイをひと目見ただけで、『この娘(こ)、悩み事でも抱えてるのかなあ?』って思っちゃうと思いますよー?」
絶句の羽田センパイ。『ぎくっ』という擬音が聞こえてきそうだ。
とりあえず、取り繕(つくろ)って、
「かっ川又さんの、今日の、エプロンって、かわいいねーっ」
と、流れと無関係なコトに触れてくる、弱いセンパイ。
「わたしのエプロンなんかよりも100万倍重要なモノがあると思うんですけど」
ココロを鬼にして言ってみたら、
「100万!? ミリオン!?」
と、センパイが慌てると同時にビックリする。
コーヒーの味を覚えたての10代前半の女の子みたいな幼さを見せてくる彼女。とってもおもしろい。
だけども、
「わたしが、いちばん重要だと思うのは、羽田センパイの手元のコーヒーカップの中の液体です!」
と、後輩として、ピシャリ。
「ぜーんぜん量が減ってないじゃないですかぁ。順調な時だったら、センパイ、もうとっくに3杯目か4杯目に突入してるお時間なのに。1杯目すら、飲み切るコトができてない!」
痛烈な指摘を食らったセンパイの目線がどんどん下がっていく。
いったん浮き上がったと思ったら、また沈む。良くないなー。
× × ×
『羽田センパイは、教員採用試験を受けたばかり』
そんな『大ヒント』があった。
試験の手ごたえがよろしくなかった……そのショックゆえに、ウチのお店までわざわざ出向いたというのに、1杯のコーヒーさえも飲み切るパワーが無い。つまりは、そういうコトなのかも。
もしかしたら、ウチのお店まで出向くだけで、パワーを使い果たしちゃったのかもしれないな。そうだったなら、『飲み切れてないですね~~』なんて突っつくのは、ちょっと酷(こく)かも。
コーヒーには、酸(さん)と酷(コク)は大事。でも、現在の眼前の羽田センパイは、コーヒーよりも100万倍デリケートなのだ。
わたしの中で、弱りに弱った状態の彼女を元気づけるアイディアが、徐々に形成されていっている。
どっちみち、今の「環境」のままだと、事態は改善されないだろう。つまり、彼女をカウンター席で沈み込ませっぱなしでは絶対に良くないというコト。この際、彼女の1杯目のコーヒーが完飲(かんいん)されるのかなんてどうだっていい。もっと根本的なトコロから変えていきたい。
素敵な栗色の長髪をまとめているセンパイのリボンに眼を凝らす。『元気がみなぎってたら、もっともっと清涼感を醸(かも)し出せるリボンなのに……。誰もが眼を奪われる、究極の夏向きのリボンになれるポテンシャルがあるのに』と、余計なコメントを胸の奥で発するわたしだったが、もちろんセンパイのリボンについて思索を巡らせている場合ではなく、状況を変えるためのヒトコトを口から出す準備に取り掛かろうとし始める。
「ほのかちゃん……。わたし、この前このお店でコーヒー飲んだ時、4杯目と5杯目の代金、未払(みばら)いだったよね……。あの代金、今日、電子マネーで払っても、いい……?」
余計に余計を重ねたようなコトバを発してくる羽田センパイ。まるで、何かのゲームをわたしとしていて、わたしに惨敗しそうになる寸前で手加減を乞(こ)うような声だ。
そういうシチュエーションが現実に起こりうるかは別として、
「当店は、未対応の電子マネーも多くって」
と応答しつつ、グラスにお冷(ひ)やを注ぎ込み、
「お代わりコーヒー代金未払いの件なんか、どーだっていーんですよ。ぶっちゃけ、そんなふーな余計過ぎる話題を割り込ませてきてほしくないです、わたし」
と厳しく言ってから、お冷や入りのグラスを彼女の目線の先に優しく置いて、
「センパイ。移動しましょーよ」
「えっ、えっ、えっ、移動って、どこに!? 実は、使われなくなった喫煙室がどこかにあって、そこを説教部屋にしたいとかっ……!!」
わたしは、
『ほんっとーに、しょーがないなーっ♫』
というキモチを150%籠(こ)めた眼で、慌てふためくカウンター越しの彼女を撫(な)でつけていく。
そして、軽く息を吸い込み、それから――。
× × ×
「ほ……ほのかちゃん、あそこのぬいぐるみ、かわいいね!? なんて名前のメーカーのなんて名前のキャラなのかな!?」
余計なモノに気を取られちゃってる。わたしに視線を寄せてきてくれない。
せっかく、『わたしルーム』に連れ込んだというのに、ぶっちゃけすこぶる不満だ。『癒やしたい』という真心(マゴコロ)を、尊重してほしいのに。
「羽田センパイ、わたしに、わたしの部屋に連れ込まれるのって、初めてのタイケンでしたっけ?」
もうコドモじゃないから、こんな風な表現だって用いちゃう。
ポーッと顔に赤みが現れる彼女から、
「おぼえてない、おもいだせない」
というお答え。
「ずいぶんと、背筋(せすじ)、伸びちゃってますねー」
とわたし。
「いけないの!?」
と彼女。
「いけないと思います。『こんな空間なんだからこそ、思う存分くつろいでほしい』というのが、わたしのホンネです。……もっと甘えてくださいよ、甘えちゃってくださいよ」
首を激しく振りながら、
「おちつけないのよカラダのカタさがとれないのよっ、ほのかちゃんいきなりわたしをココまでひっぱってきたから『あまえるためのココロのジュンビ』ができないのよリカイしてよっほのかちゃんっっ」
可笑(おか)しな感覚が自然とこみ上げてくる。
羽田センパイのダメっぷりに対して笑い声を漏らしてしまうのを懸命にガマンしながら、わたくし川又ほのかは、勉強机の椅子から腰を浮かせ、ベッドの側面でダメになっている愛すべき1学年上の女子に向けての接近を始めていくのであった。