【愛の◯◯】いちばん身近な女の子を救ってやるのは

 

夕飯はおれが作ってやった。試験を受けたばかりで愛がまだくたびれていると思ったからだ。

竜田揚げを作ってやった。唐揚げだけではなく竜田揚げも愛の好物の1つだった。

ところが、愛の箸の進み具合が芳しくないのである。

ダイニングテーブルのおれの正面の席で、箸を持つ愛の手が結構な頻度で滞る。竜田揚げになかなか箸を伸ばしてくれない。皿の上の竜田揚げがなかなか減らない。好物の1つのはずなのに。

もう1つ気になる点があった。

食事開始後、ずーっと愛は下方面を向いているのだ。

それはすなわち、おれの顔を全く見ずにメシを食っているというコトだ。おれの顔なんて見続けたってどーにもならんのは分かっている。ただ、普段ならばもっと、視線がおれ方面に伸びてくる瞬間が多いというのに……。

思えば、週明けの昨日辺りから、冴えない愛を眼にするコトが少なくなかった気がする。

昨日は、労働終了後におれ独りで実家に向かっていたりしていたので、愛の様子を見られる機会はあまり多くなかった。それでも、俯きがちな御様子(ごようす)は今晩になってもおれの記憶にこびり付き続けている。たしかに、御様子を見られる機会はあまり多くなかったが、御様子を眼にした時に抱く違和感の量は少なくなかったのだ。

俯きがちな御様子が持続してしまっている愛が、俯いたまま箸を置き、

「ごちそうさま」

と弱く言ったかと思うと、

「ごめんなさい」

と、さらに弱々しい声を発した。

皿の上には竜田揚げが2個残っていた。

 

× × ×

 

食器を全部洗ってやるのは当然の務めだし、食後のコーヒーを淹れてやるのも当然の務めである。

夕飯を食べ切れなかった愛。しかし、コーヒーならば別腹だろう。別腹のはずだ。

期待と希望を籠めて愛の手前に愛のマグカップを置いた。

「マグカップじゃない方が良かったかもしれんが」

おれは、愛の真正面に着席しつつ、

「コーヒー飲んだら、おまえの元気も、もうちょっと回復すると思うし」

と言い、

「猫舌じゃー無かったろ? できるだけ早く、口をつけてほしいぜ」

と促す。

しかし、おれの期待・希望とは裏腹に、愛は困ったような表情になり、マグカップの把手(とって)に指を持っていく動きすら見せてくれなかった。

どーしたおいおい。コーヒー、イヤなんか?

愛は、とうとう両眼を閉じてしまう。

両眼を再び開くまでにさほど時間はかからなかったものの、把手に指を持っていくコトも無いままに、コーヒー入りマグカップをひたすら凝視するのみだった。

「……冷めると、美味しくないぞ。おまえなら、知ってるだろ」

愛だけではなくみんなが知っているコトではあるが、敢えて『おまえなら、知ってるだろ』という言い回しを用いた。

『おまえなら、知ってるだろ』というおれの言い回しもあまり効力を発揮せず、愛の右手はマグカップには伸びずに、自分の手前のテーブルの表面に留まってしまう。

うーーーむ。

 

× × ×

 

愛は、冷めてからコーヒーを飲み始めた。モッタリとしたペースで冷めたコーヒーを飲んでいた。

モヤッとした感情か。それとも、胸が塞がるかの如くに苦しくなってしまっているのか。

胸が塞がっちまっていたら、大変だ。

おれが頑張らないといけない。義務と責任。「ふたり暮らし」のパートナーを救い出せるのは、おれ以外に誰も居ない。

 

思い当たるフシは在(あ)ったのである。

おそらく、先日受けた試験の出来が芳しくなかったのだ。

試験とはすなわち、教員の採用のための試験である。

留年したり、「つまずき」こそあったものの、目指す職業を教職員に定めるコトができた。そのために、努力は当然欠かさなかった。

しかし、「バランス」という問題が横たわっていたのも事実だった。教員採用試験のための努力と卒業論文執筆のための努力の両立……それが難しかった。紛れもなく最終学年なのだから、卒業論文を提出する巨大なタスクが存在している。愛は、多大なるエネルギーを卒業論文のために注ぎ続けている。ただ、卒論へのエネルギー注入の代償として、過去問を何度も解いたりだとか、そういう採用試験のための勉強が些(いささ)か疎(おろそ)かになっていたのは否めない。

教員採用試験のための努力も怠っていなかったのはおれも認める。だが、卒論の方に努力が傾斜していたのも事実で、怠ってこそいなかったものの、卒論に向けるような努力ほどの徹底さがイマイチだったのは否定し切れない。

 

これまでの人生の中で、大きな関門としての試験において、おれのパートナーは「しくじった」コトが1回も無かった。中学受験の時も本命の超・名門女子校に合格したし、大学受験の時も東大・早稲田・慶応といった名だたる大学を蹴ってまで志願した大学に現役一発合格した。

大学受験では、同じ大学の複数の学部を受け、パーフェクト合格を達成していた。……つまり、「落ちる」という経験が愛には皆無だったのである。たしかに、メンタル的な不調により単位を全て「落っことして」留年してしまった経験こそあるのだが、「単位を落とす」のと「人生の節目における重要な試験に落ちる」のとでは全く別の次元の話になってくるのである。もし、筆記試験の段階で落とされてしまうのならば、人生で初めてのダメージを受けてしまうコトだろう。

 

× × ×

 

愛はリビングに居る。ソファのド真ん中の座面上で体育座りの如き姿勢になっている。縮こまりまくりで、自らの冴えない状態を少しも隠そうとしていない。

そんな愛を、ダイニングテーブルの椅子に坐(ざ)し続けたまま、おれは見続けている。そして、ただ眼を向け続けるのではなく、脳内においては思考を絶えず回し続けている。

繰り返すようだが、今の愛を救うコトができるのは、おれだけだ。

救世主、だなんて、大げさ過ぎる。ヒーロー、だなんていうのも、おれ程度の存在には似つかわしくない。

しかし、いちばん身近な女の子を救ってやるのは、ヒーローではないにしても、できるコトであり、できて当たり前のコトであり、できなければ彼氏であるオトコとして失格の烙印を押されるのは必然のコトなのだ。

彼氏彼女という関係性になったのを自覚してから、はや7年……。

冴えない愛ならば、何回も眼にしてきた。冴えない愛は美人が台無しになっていたし、冴えないが故に性格の攻撃性が「なり」を潜めているのも正直物足りなかった。だからおれは、冴えなくなるたびに、分厚いケアを施してやってきた。

成功体験も失敗体験もひっくるめて、たくさんの蓄積がある。だからおれには、「救える」という手応えがある。

今、ソファの上で弱々しく縮こまってしまっている女の子が居る。その女の子を解きほぐし、癒やし、元に戻す。……方法がある。会得している方法がある。

解きほぐし「たい」、癒やし「たい」、元に戻し「たい」じゃない。

解きほぐすのだ、癒やすのだ、元に戻すのだ。願望じゃないのだ。覚悟を籠めた決意なのだ。

 

おれは柔らかに椅子から立ち上がる。

かかとを重心にしてシッカリと床を踏みながらも、歩み寄る音がノイズにならないように配慮する。

やがて愛はおれの接近に気付き、見開かれた眼をおれの方に見せてくる。

愛の体育座り同然の姿勢がすぐに崩れる。両足の裏がカーペットに付く。両手こそスカートを過剰に掴んではいるものの、おれの方角から眼を背けようとはしていない。こういう風な気丈(きじょう)さは、可愛いし、立派だと思う。

押し黙って愛の傍(そば)までやって来たおれであったのだが、

「取り戻せてないみたいだな。取り戻せてないってのは、おまえの、おまえらしさを」

と、暖かい声音を創り上げて告げ、それから、暖かい視線を創り上げて注(そそ)ぎ込んでやり、チカラ一杯のケアを、開始していく。