【愛の◯◯】連弾したい後輩ちゃんに応えてあげる

 

蒸し蒸しするし気温も高い。こんな季節は冷房を効かせた部屋で過ごすに限る。設定温度を極度に下げたくはないんだけどね。極度に下げたくない理由はわたしの事情で省略。

受験勉強に勤しんで適度に疲れた。さっきまでベッドにゴロ~ン状態だったけど今は身を起こしている。僅かに開けたドアの隙間からピアノの音が入り込んできている。羽田愛さんが弾いているピアノにわたしは耳を澄ます。優美な演奏。10代の頃の演奏は熱情的ではあるけど荒っぽい部分もあった。22歳の今は荒っぽさが取れた代わりに優雅な印象が増している。まるで彼女がオトナのお姉さんになってゆくのに呼応しているみたいだ。

彼女がひと昔以上前のサカナクションの楽曲を弾き始めたのがわかった。相変わらずの22歳っぽくない選曲……ま、わたしもヒトのコト言えないんだけどね。2000年産まれだけど中森明菜のヒット曲を延々と弾いたりもするし。「ミ・アモーレ」とか、松岡直也(まつおか なおや)さんっていう偉大なジャズ・ミュージシャンの方が作曲していてとっても本格的なのよ。

 

わたしの母は明菜よりも聖子派だったらしい。それ故に同級生の女友達を1人失(な)くしちゃったとか話していたコトがあったんだけどそんなコトはいいとして、枕元にあった『きまぐれオレンジ☆ロード』という漫画の単行本をパラパラとめくってみる。初版のジャンプコミックス、すなわち80年代の刊行である。入手ルートは都合により伏せておきます。

アニメ版の映像は観たことないけど、雑誌に載っていた画像などを見るに、メインヒロインの鮎川まどかはアニメ版の画(え)の方が美少女なんではないかと思ったりしてしまう。

 

『今日のわたし、脱線に次ぐ脱線じゃないの……』

そう自嘲しながらベッドから腰を浮かせる。スローテンポに出入り口ドアへと近付いていく。だらしなくなりかけた髪の毛を手櫛で整える。

 

× × ×

 

サカナクション弾くのは飽きたの?」

背後から声をかけた。演奏中にいきなり声をかけてしまったから不協和音が鍵盤から飛び出る。羽田さんが慌て気味に振り向いてくる。

「びっくりした……。葉山先輩、背後から喋ってこないでくださいよ」

「イヤだ」

「!?」

「――って言ったら、どーする?」

羽田さん、絶句。

おもしろい。

 

中村一義(なかむら かずよし)を集中的に弾いてたわねえ。『ERA(イーラ)』っていうアルバムの収録曲オンリーで」

「わるいですか」

コドモっぽく反発の声を出す羽田さん。少しだけ不満げだ。かわいい。

かわいいから、

「わるいなんて言わない。わたし、あのアルバムだと『ジュビリー』って曲が好きなんだけど、あなた弾いてなかったわよね」

「わたしは『君ノ声』が好きです。好きだから、弾きました」

「ド直球~~」

わたしのからかいに過敏に反応して、

「センパイっ!!」

揺るぎなきわたしは、

「なあに?」

口を閉じ「黙りこくり」を開始してしまう羽田さん。

わたしの可愛い後輩ちゃんは沈黙に入り込んでしまう。

沈黙モード移行後5分経過。若干ピリピリとした沈黙をわたしはゆったりと味わう。ギャルゲーのヒロインを攻略するかの如く味わう。大きな男子向けのギャルゲーなんかやったコトあるワケも無いんだけど。

彼女同様椅子に腰を下ろしていたわたしは、思わず右手を羽田さんの左肩へと伸ばす。

それからその左肩をナデナデ。自然な流れでのナデナデだ。そう、あくまで「自然な流れ」。異論は認めない。

彼女の目線がやや上昇した。ナデナデを食らって胸の内側がくすぐったくなりながらも、『何か言いたい』という気分が高まってきているのだろう。

そんな彼女は、

「わたしの彼氏みたいなコトするのは、ほどほどにしてほしいんですけど」

と14歳みたいな声を出して、

「センパイ。椅子ごと『移動』してきてくれませんか?」

「『移動』?」

「はい。」

「どこに?」

「隣に。」

「あなたの?」

こっくん、と頷く羽田さんが、

「連弾しましょうよ、わたしの右隣で」

ほほおーーっ。

連弾!!

言うまでもなく、1台のピアノを、2人で弾く営み。

連弾だなんて、久しくやったコトも無い。

小学校高学年の時、幼馴染のキョウくんのお誕生日会で、キョウくんの見守る中、クラスメイトの女の子と連弾をした。キョウくんは凄く喜んでくれていたけど、連弾相手の女の子とは小学校卒業後音信不通になっちゃった。

女子校では、ピアノを弾ける子が周りに沢山居たけど、『連弾しましょ♪』と誘うまでには至らなかった。

女子校時代からの最愛の後輩ちゃんたる羽田愛さんにすら、『ラブコール』を送り届けられなかったんだもんね。

もっと勇気をみなぎらせれば良かったんだけど、後悔したって仕方無い。

今、羽田さんの方から申し出てくれて、本当に嬉しい。まさに僥倖である。四暗刻のツモ和了(あが)りよりも僥倖だ。

……余計なヒトコトを挟んでしまったけど、

「いいわよ。あなたの右隣に寄り添って、弾いてあげる……」

とシットリと言いながら、腰を浮かせて、

「どんな音楽を奏でたいの、あなたは?」

と問うてみる。

芝居がかり過ぎた問いかけのコトバだったけど、まあいいや。

羽田さんから、

ブラームス。センパイがブラームスがイヤだったら、バッハでもOK」

というお気持ち表明が来る。

なぜか顔を赤らめながらのお気持ち表明だった。

ブラームス、いいわよ」

承諾して、わたしは椅子を可愛い可愛い後輩ちゃんの右隣まで運ぶ。そして腰掛ける。

藍色の半袖シャツを身にまとった彼女の右腕が見える。

相変わらず、最高にキレイな二の腕……!