皆さま、割りとお久しぶりです。
わたしの名前は貝沢温子(かいざわ あつこ)。とある高校の3年生になったばかりの女子で、『スポーツ新聞部』なる不思議な名前の部活の部長を務めています。
先輩方には『オンちゃん』というニックネームで呼ばれていたりもしたのですが、最高学年になったがゆえに「上級生」という概念が失われてしまって、『オンちゃん』と呼んでくれるのが同級生女子オンリーになってしまったので、少し淋しいです。
ところで、新しい年度となって1年生が入学、わたしたちの部活も新入部員勧誘活動に勤(いそ)しんだ結果、2人の女の子を新たに迎え入れるコトに成功しました。
しかしながら、文字数その他の諸事情によりまして、フレッシュルーキー女子2人の紹介は次の機会とさせていただきたく思います。
許してくださいね?
× × ×
まだ適度な暑さに留まってくれている放課後。ガラーッとドアが引かれる音がして活動教室の入り口方向を見たら、ポニーテールがステキな顧問の先生が室内に足を踏み入れてきた。
彼女は椛島澄(かばしま すみ)先生。担当教科は国語。某小金井市の某国立大学を卒業後初めて赴任したのがこの学校で、勤続年数は10年に届くか届かないかだと思われる。
デリケートな勤続年数なのだ。というのは、『10年ぐらい同じ学校で勤め上げたら、離任(りにん)するタイミングになる』という慣例(?)がわたしの耳に入ってきていたから。家族に教育関係者がいるワケではないけど、そんな情報がどこからともなくやって来ていた。わたしだけではなくわたしの周囲にも情報は拡がりつつある。
『わたしの卒業と一緒に、椛島先生もこの学校を……』という想いが胸の中で強まっている。巣立つのは生徒だけではないのである。そして、わたしたちの顧問である彼女が巣立つ可能性は非常に高いのである。
椛島先生は椅子を見つけるとすぐに着座し、脚を組まずに背筋を伸ばしてカラダの凝(こ)りを少しほぐした。
彼女から見て約3メートル先に着席しているわたしはiPadを操作する手を止めて、
「お疲れですか、椛島先生」
わたしに視線を寄せる先生は、
「くたびれちゃった。GW明け提出の宿題が全然さばけないんだもん」
先生の『さばけないんだもん』に可愛らしい響きを感じ取ったわたしは、
「大変ですねえ。現代文の作文の宿題でしたよね? 調子に乗って規定枚数の5倍ぐらい使って自己満足なコトを書いてきた生徒もいるんじゃないですか?」
アラサー女性教師特有の苦笑いを示して椛島先生は、
「5倍は言い過ぎだけど、毎年のように、貝沢さんが言うみたいな自己中(ジコチュウ)な生徒が発見されるのよね」
ここで、わたしは、
「厄介な生徒もいるモノですねえ」
と先生に呼応した後で、
『隣の席の二宮(にのみや)先生が、心配そうな顔で見てきてくれてたりするんじゃないですか?』
という『絶対に口に出してはいけない問い』を胸の奥底で発するのであった。
× × ×
二宮先生は、なかなか結婚できない男性英語教師だ。
椛島先生と同じぐらいの勤続年数だから、2人同時に「巣立つ」可能性は高そうだ。
『2人同時に巣立った先の◯◯』を思い描くと……たのしい。
× × ×
椛島先生去りし後(のち)、2年生男子のノジマくんが入室してきて、椛島先生が座っていた椅子に腰を下ろした。『ラッキーだね。さっきまで椛島先生が座ってた椅子だよ』なんてわたしは言わない。
iPadでのインプット作業を中断したままのわたしは、左のほっぺたの辺りに左手のひらをくっつけて、
「ノジマくん、背が伸びた?」
と指摘してみる。
ノジマくんは眼を見張り、
「いきなりなんですか!? ぼく、貝沢先輩にそんなコト言われたの今まで1度たりとも……」
「驚き過ぎだよノジマくん」
左ほっぺた付近に左手のひらを密着させたままに、上昇中の楽しい気分でもって、
「高校2年になっても、伸びる男子は伸びる。で、『変化』は、背の高さだけじゃーない」
「『だけじゃーない』って……」
背筋こそ猫背になっていないけど、眼の見開き具合に驚きが顕著(けんちょ)なノジマくん。
そんな彼に、
「ノジマくん、2年に上がって、パーフェクト声変わり」
とわたしはダメ押し。
『わけがわかりませんよ』というキモチが顔の全面に拡がる彼に向けて、
「去年の今頃は……中学4年生的な声の甘さを払拭できてなかった」
と、最上級生の特権的なイジワル台詞(ゼリフ)を吐き、翻弄する。
× × ×
15分かけて落ち着きを取り戻したノジマくんから提供されるパシフィック・リーグ野手の達成間近な記録をiPadで照合していたら、入り口ドアが引かれる音がまたもや聞こえてきた。
ノジマくんよりもひと回りはスケールの大きなタダカワくんが室内に足を踏み入れ、わたしたちのいる場所にどんどん迫ってくる。
「――野球記録ですか?」
ノジマくんと同期のタダカワくんはノジマくんの野球記録への「こだわり」を熟知している。野球は記録よりも観戦派のタダカワくんはノジマくんの記録への「拘泥(こうでい)」を時に腐(くさ)すけど、その『情熱』に対する一定の理解も示してあげられるようになっている。成長してるねえ、タダカワくんも。
わたしの方から、
「そーだよ野球記録だよー。『あとヒット何本で1000本安打!』みたいなのをノジマくんがインプットしてるから、NPB公式とかスポナビとかでわたしが照合してるの」
と応えるけど、
「面倒くさいコトがお好きで……」
とタダカワくんが窓の景色に顔を逸らしながら言うから、わたしの中でムカつきが芽生えてくる。
せっかく『成長してる』ってココロの中で評価してあげてたのに、裏切るんだね。
ペナルティ。そう、ここは1つ、ペナルティだ。
「タダカワくんに部長からの至上命令」
わたしは告げる。
わたしに告げられたコトで、ピクゥッ、とタダカワくんの眼がこっちに寄ってくる。
「タダカワくん? キミは、キミの中学時代の所属部活動をわたしに教えてくれるまで、この部屋から出られない」
至上命令の中身を明かした途端に、彼の口元が苦(にが)そうな口元になる。
「頑(かたく)なに教えてくれなかったキミが悪いんだよ。とーぜん、過去に縛られるのは良くないし、過去が自分の全てを形作ってるワケでもない。わたしだって、触れられたくない過去なら、5つ以上はパッと浮かんでくる。だけど、中学時代の部活のコトがどーしても触れられたくない過去であるとは、キミに関しては思えない、全く思えない。なのになんで、『開示』をどこまでも引き延ばそうとするのかなぁ?」
わたしは怒りながら喋っていた、ワケでは無かった。
逆。『面白がっていますよ』的な気分を前面に押し出して顔に浮かべていた。
わたしは部の長(おさ)としてからかい上手のわたしになりたかったのだ。
3年女子らしく余裕を零(こぼ)しているわたし。対照的な状態のタダカワくんは、窓外(そうがい)にますますカラダを向けちゃっている。