【愛の◯◯】水色背表紙の徳間文庫

 

あすかちゃんとミアちゃんに朝ご飯を作ってあげた。

ご飯をおかわりしてくれたあすかちゃんが、

「おねーさんが作る朝ご飯、やっぱり何から何まで美味しい」

とベタ褒めしてくれる。

あすかちゃんの真正面の席のミアちゃんが笑顔で、

「ほんとだね。あすかちゃんの言う通り、何から何まで美味しいよ。以前、愛ちゃんが一緒に邸(ここ)で暮らしてた時期は、愛ちゃんの手料理をあすかちゃんは毎日のように食べてたんだよね?」

「ハイそーです」と頷くあすかちゃんに、

「しょーじき、無茶苦茶羨ましいな」と言い足すミアちゃん。

ミアちゃんも、わたしが作り出すお料理に魅せられたみたいね。

 

× × ×

 

玄関。ミアちゃんよりもひと足お先に帰宅するわたしに、

「気が早いんだけどさ」

とミアちゃんが後ろから声をかけて、

「卒業旅行とか、計画してるの?」

と尋ねてきた。

「あすかちゃんも知りたがってたみたいだよ、『もし計画してるのなら、早めに教えてほしいんだけどなー』って」

と付け足す。

そっかぁー。さすがはわたしの妹分。わたしのあらゆる◯◯に興味津々なんだなー。

 

× × ×

 

『卒業旅行は、する予定です』

これがわたしの答えだ。

時期もだいたい固めていた。前期が終わった後の長期休暇が妥当だろうと思っている。

ただし、長期休暇に突入する前に、教員採用試験という大きな試練が立ちはだかっている。2次試験の面接に進めるか進めないかでもスケジュールが変わってくる。採用されるかされないかで旅行のニュアンスも変化するだろう。採用ならウキウキ気分の旅行になるし、不採用なら「傷心旅行」の4文字が色濃くなるだろう。

できれば、「物理的ではない重い荷物」を抱えたくないものだ。そのためには、一発合格できるよう努力するしかないんだけど、具体的に何をどう努力するかは文字数の都合で説明を先延ばしにする。

あと、ひとり旅になるのが確定している。より正確には、ひとり旅になるのを「自分自身で決めた」。

わたしのパートナーのアツマくんは同行しない。働いているんだし、まとまった休みをとるのは難しいだろうから。お仕事を精一杯頑張ってよね。旅先から応援してあげる。

ひとり旅という意向をあすかちゃんも尊重してくれるはずだ。わたしが留年したから、わたしとあすかちゃんは同時に大学を卒業する。『ならば、ふたり旅にすれば良いのでは?』と誰かに言われるかもしれないけど、実の姉妹のように通じ合った関係なんだから、わたしがひとりで旅するのに不満なんて少しも持たないはず。あすかちゃんが不満を示すはずの無い理由は文字数の都合で省略する。

そしてミアちゃんはどうやら、わたしとは逆方向に卒業旅行の進路を定めているらしい。具体的には、北海道もしくは東北地方に。

ミアちゃんとは逆方向というコトはつまり、わたしがピックアップしていた「候補地」は「西日本」として括られる場所オンリーなのである。

東本梢(ひがしもと こずえ)さんの影響は否めない。あすかちゃんたちのお邸(やしき)に梢さんは現在住んでいるから、お邸の「リビングC(仮)」で昨日、西日本に関する知識が無尽蔵な梢さんから情報をたっぷり仕入れるコトができた。

マンションに帰宅済みのわたしはリビングのソファ近くのテーブル上にノートを開いていて、梢さんから昨日提供された情報を参考に、「候補地」を絞り込もうとしている。捨てがたいのは、近畿地方に1箇所、中国地方に1箇所、四国地方に2箇所、九州地方に2箇所。

「全部で6つも残っちゃって、採用試験が始まるまでに決められるのかな」

ヒトリゴトを声に出す。ふたり暮らしパートナーのアツマくんはまたもや休日出勤中だ。ヒトリゴトを心置きなく響かせられる。仮にアツマくんがそばに居たとしても、候補地絞りの役には立ってくれないだろう。

「だったら、自分のチカラで絞り込むしかない」

ヒトリゴトその2。5月の終わりまでには3つか2つに絞り込みたい。もうすぐ始まる教育実習の合間に思案するコトになってしまうけど致し方ない。

「コーヒーを飲んで考えよう」

ヒトリゴトその3を発してテーブル前から立ち上がる。ホットでブラックなコーヒーこそがわたしの原動力だ。なんだか某ハンナ・アーレントさんみたいなライフスタイルと似通ってる節(フシ)があるけどそこはツッコまないでください。

 

× × ×

 

ソファ近くのテーブル前に舞い戻ったわたしは強烈な風味のコーヒーを時間をかけて味わった。

マグカップをことり、と置く。

『四国はどっちも残した方が良さそうね。高松市高知市。あとは、九州の……どっちか1つ。佐世保市も有力だったんだけど、東京(ここ)からは遠くなり過ぎちゃうし、福岡市を残すのが無難かな……』

今度は声に出さずに、胸中で呟いていた。

それから、またもや胸中にて、

高松市高知市は両方残した方が良さそうとは、思うんだけども……』

四国には足を踏み入れたコトが無い。高松市に関しては、JR高松駅の駅舎が可愛い顔をしているイメージが思い浮かぶ。高知市に関しては、『オーテピア』という新しくて大きな図書館を内包した施設が市街地にあるという情報を既に仕入れている。

どう考えても、『高知市プラン』の方が具体性がある。JR高松駅の可愛い顔だけでは『高松市プラン』に説得力を見出だせない。駅舎のプリティフェイス以外にも高松市内の有力スポットをチェックしていたはずなんだけど、高知市の『オーテピア』の存在感には及ばないというキモチが強くなってきているから、チェックしたはずの高松市内のスポットを忘れかけ始めて、高知県高知市の方に天秤が大きく傾く。

でも、九州の福岡県福岡市は何と言っても政令指定都市で、四国のどの都市よりも規模が巨大だから、高知県高知市が可哀想になってしまうぐらい楽しそうなスポットが乱立しているんだし、『福岡市プラン』だってやはり捨てがたいのである。

あーーっ。迷う。それに、縺(もつ)れるように思考が混乱しちゃってる。

ラチがあかないわたしになってしまっているから、真向かいの本棚に眼を凝らすコトでリフレッシュしようとする。

1冊の水色の背表紙が視界の中で際立った。その水色背表紙のタイトルを見た途端に、わたしの腰は浮き上がっていた。

棚の前に瞬く間に接近し、水色背表紙の徳間文庫を引き抜いた。

表紙には、スタジオジブリが30年以上前に制作したアニメ作品のヒロインと主人公が描かれている。

ヒロインと主人公の間には、縦書きで、

海がきこえる

という題名が記されていた。