午前中から既に気温がだいぶ上がっている。旧暦ならばもうじき初夏なのだ。初夏の前触れと言っていい気候……そんな風に思う。いわば、「春の暑さ」。
『確か、俳句の季語で『春暑し』ってのがあったんじゃなかったかな?』と思ったりするのだが、わたしの左隣を歩いているあすかちゃんが、
「結構長くてキツい坂なんですね」
と言ってくる。
あすかちゃんがなぜこんなコトを言うのか。それは、わたしの大学の文学部キャンパスに2人してやって来て、門から続く坂を歩いているから。
「早稲田大学の戸山キャンパスが、こんな感じなんじゃなかったですっけ?」
そう言ってくるあすかちゃんの横顔を見たら、明らかにニヤけていた。
「ダメよー、あすかちゃん。わたしは早稲田大学に通ってるワケじゃないんだから」
と軽くたしなめるけど、
「でも、おねーさんの学部、『第一文学部』だし」
とわたしの妹分たるあすかちゃんに言われるから、
「あのね、早稲田大学はだいぶ昔に、『第一文学部』や『第二文学部』って言わなくなったのよ」
と、やんわりと釘を刺しておく。
× × ×
坂を登り詰めた時だった。
まっすぐ向こうに人影。女子学生の人影。
視力抜群のわたしは、見覚えのある女子学生の人影だとすぐに分かる。
かなり長い黒髪が、かなりの無造作。身長164センチ。所属は第一文学部の史学科、日本史専攻で、主に取り組んでいるのは南北朝時代と室町時代。
そして、わたしと同じく、5年目の春を迎えた女の子。
「ミアちゃーん!!」
気づけば叫んでいた。近付いてくる城(じょう)ミアちゃんに、わたしは叫んでいた。
ミアちゃんが駆け寄るようにわたしの眼の前に来る。
土曜日にも出会えて嬉しいから、両手を掲げて『ハイタッチがしたい!!』という意思表示をする。
わたしの意思表示に応えてくれて、ミアちゃんも両手を掲げる。
両手のひらを叩き合わせた。ハイタッチだった。わたしとミアちゃんの呼吸がカンペキに合っていた。
「おはようおはよう愛ちゃん!! 土曜日にもキャンパスで会えて、わたし幸せだよ」
「わたしも幸せよ、ミアちゃん」
言い交わした後で、微笑み合いの見つめ合い。
それが15秒間ほど続いた後で、ミアちゃんの視線がわたしの左隣に移り始めて、
「もしかしてその娘(こ)、愛ちゃんの妹分ポジションだっていう……」
「そうよ、あすかちゃんよ」
即座にわたしが答えたら、微笑みレベルがいっそう上がったミアちゃんが、
「はじめましてあすかちゃん。わたし、城ミアってゆーの。『ミア』って呼んでくれていいよ? 愛ちゃんとは同期入学。希少価値の高い5年生同士だから、いっしょにカフェテリアでゴハン食べたり、卒業論文の意見交換をしたりしてるの」
と、一気に自己紹介。
あすかちゃんの反応が見たい。だから、わたしもあすかちゃんにググググッ、と視線を寄せていく。
『ミアちゃんの勢いに気後れしてないと良(い)いんだけど。彼女の勢いにあすかちゃんがノッてきてくれたら、嬉しいな』
そういう思いを抱(いだ)きつつ、あすかちゃんの表情を確かめようとした。
ところが。
眼に飛び込んできたのは……あすかちゃんの仏頂面で。