【愛の◯◯】曖昧な仲直りと、卒業と

 

平日だけど学校に行かなくても良くなった朝は何だか変な気分になるコトもある。「通学」という概念の無い生活にまだ慣れていないし、「高校生」という肩書きの無い生活にまだ慣れていないのだ。

高校生だった時よりも早くわたしは身を起こした。ベッドに腰を据えて、間近に置いていたヘアブラシで髪を梳(と)かし始めた。

来週から洋菓子店でアルバイトをするコトになった。だから、気を引き締めて髪を整えるようにしているのだ。

 

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日本各地の旅行ガイドブックを、抱きかかえるようにして、ベッドの上まで運ぶ。

積まれた旅行ガイドブックは10冊以上。わたしが自腹で購入したガイドブックではない。卯月(うづき)ちゃんのお父さんが譲ってくれたモノなのだ。

先月の終わり頃に「ご近所さん」の卯月ちゃん宅(たく)に行った時、『昔から旅行好きだったから』と言って、卯月ちゃんパパがたくさんの旅行ガイドブックを見せてくれた。某るるぶだとか某まっぷるだとかに代表される大きめの雑誌サイズの旅行ガイドを、卯月ちゃんパパは大量に所持していた。

譲り受けるのを断る気は無かったけど、

『本当にいいんですか?』

と訊きはした。

『いいんだよ』

卯月ちゃんパパはそう言ってから、

『小麦(こむぎ)ちゃんへの協力は、惜しみたくないから』

とキモチを示し、暖かな目線でわたしを見据えてきた。

 

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協力は、惜しみたくない。

卯月ちゃんパパのそんなキモチの背景に、わたしの未来が安定していないコトが横たわっているのは、明白だった。

去年の秋からココロがギザギザと尖(とが)ってしまっていたわたしは、クラスメイトや部活仲間や顧問の先生に迷惑をかけてしまっただけではなく、家族ぐるみの付き合いの卯月ちゃんファミリーにも迷惑をかけてしまった。

だからこそ、『協力は、惜しみたくないから』と言ってくれたりして、わたしの状態を気にかけてくれているんだろう。

卯月ちゃんパパや卯月ちゃんママ、それから卯月ちゃん。家族ぐるみで配慮してくれている。その優しさにくすぐったくもなるけど、「ありがたみ」も強く感じている。

 

東北地方のとある観光地のガイドブックを読んでいる。

『バイトでお金を稼いで、旅に出る。旅行に満足した後で、自分の『これから』を自分で決める』

こんな「決意表明」を自分の両親にも既に告げていた。旅費は自分で賄(まかな)う、お父さんやお母さんの助けは借りない。このコトも既に告げていた。

旅費を自分で賄う。そのためには、いくらぐらい稼げばいいのか。

東北地方某観光地への交通手段について解説しているページを見る。バスよりは鉄道の方が良かったから、東北新幹線の欄に眼を凝らす。運賃を見る。数字に強いわたしは、東北新幹線に自腹で乗れるようになるまで少し時間がかかるのを知る。バイトは始めるけど、1ヶ月や2ヶ月で交通費を貯められるワケも無い……このコトを、あらためて実感する。

当然、『新幹線なんて使わずに、在来線利用を選択する』という案が浮上する。だけど数字や計算に強いわたしは、在来線しか使わない旅であっても、たかが1ヶ月や2ヶ月のバイトだけでは全ての旅費を賄えるはずもないのを、すぐに実感する。

それに、東北だけを旅したいワケじゃない。京都府兵庫県の北部だとか、福岡市だとか、旅してみたい場所の候補は幾つもある。

『いろんな場所に行かないと、満足も『納得』もできない。『納得』した後でないと、自分の進んでいく道を定められない』

これがわたしのキモチだった。言い換えるならば、「信念」だった。

だけど、旅行の回数を増やすならば、当然ながら、多額の費用が必要になってくる。

洋菓子店でのバイトオンリーで賄えるワケがない。バイトを将来的に増やさないといけない……この現実からは、眼を背(そむ)けられない。

 

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わたしは器用な方じゃない。もっと器用にならないと、バイト掛け持ちなんて望み薄だ。でも、掛け持ちできなければ、旅行計画の設計も人生計画の設計も、「ふりだし」に戻ってしまう。

頭がズキズキと痛んできた。旅行ガイドブックの山を雑に崩し、ベッドの上に横たわる。天井を眺め続けてなんにもしない。無為(むい)で無力なわたしの頭のズキズキが、なかなか癒(い)えてくれない。

苦しかった。だから、眼を閉じた。

眼を閉じてから数秒後に、クラスメイトだった男子の顔が浮かび上がってきた。

わたしはわたしにビックリした。なぜなら、苦しい時に男子のコトを思い浮かべるなんて、これまで一度も無かったから。

「……マッキー」

『彼』のニックネームがひとりでに口からこぼれる。

マッキー。本名は巻林英雄(まきばやし ひでお)。校内で本名を生徒が誰も呼ばない原因を作ったのは、他ならぬわたしだった。

高1の1学期から既に知り合いで、近い距離で3年間を過ごしていた。もっとも、距離が接近し過ぎて、わたしが荒れていた3年の秋に放課後の中庭でケンカになって、しばらく『無言の戦い』を繰り広げちゃったりもしていたんだけど。

曖昧な仲直りの後でわたしとマッキーは卒業した。

……今、まるで助けを求めるようにして、無意識のうちにマッキーを思い浮かべてしまったのは、『曖昧な仲直りのまま卒業した』から、なんだろうか?

モヤモヤしてくる。

ムズムズしてくる。

ムズムズの出どころは、わたしの胸……。

右手を『グー』に握って、わたしの胸の中心をわたしは押さえつける。