お泊まりだったおねーさんがマンションに帰った後で、おねーさんの部屋に入ってみる。『自由に入っていいわよ』と元から言われているので、問題なんてなんにも無い。おねーさんの彼氏たるわたしの兄貴がおねーさんに自由な出入りを許されていない一方で、わたしはなんの断りもするコト無くおねーさんの部屋に入っていける。
おねーさんの彼氏たるわたしの兄貴がしょっちゅうモノを散らかすのに対して、兄貴の彼女たるおねーさんは全くモノを散らかしたりしない。おねーさんルームに入ったわたしは文芸誌がタワーのように積まれている場所の間近に立っているけど、幾つかの『本・雑誌タワー』を除けば、おねーさんルームはぴかぴかと輝くようにキレイなのである。ダメ兄(あに)とマンション暮らしをするようになって、たまにしか邸(こっち)に帰ってこないから、清潔さが保たれているのも事実なんだけど、邸(こっち)で暮らしていた時も、ダメ兄と違ってお部屋は常にキレイだった。
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好奇心でもって眺めたくなるのがCD棚と本棚だ。
まず、CD棚。
ロックバンドでギターを担当しているわたしだから、ロックバンドのCDの名前が真っ先に眼に食い込んでくる。洋邦(ようほう)どちらにも偏っておらず、1960年代から2020年代までを遍(あまね)く網羅している。古今東西のロックミュージックが、彼女の棚の中に整理整頓されている……そんな印象を抱(いだ)く。音楽に関してもおねーさんは『おねーさん』だったから、一緒に住み始めた時から、いろいろなバンドや音源をわたしに「布教」してくれていた。そのおかげで、わたしはギターが弾けるようになった。高校1年の時からずっと同じバンドでギターを弾き続けられているのも、彼女のおかげなんだと思う。
棚をよく見てみれば、ロックやポップスだけではなく、ジャズやクラシックの音源もズラリと並んでいる。ロックやポップスだけではなく、おねーさんが聴かせてくれるジャズやクラシックからも、わたしはインスピレーションを得ている。聴かせてくれるだけじゃなくて、階下(した)のグランドピアノでジャズのスタンダードナンバーやクラシックの名曲を実際に弾いてくれたりもするから、そのたびに彼女へのリスペクトの段階が上がっていく。
次に、本棚。
本棚はCD棚以上に見飽きない。高くて大きい棚が幾つか連なっていて、それらがおねーさんの本棚を構成している。巨大な規模を誇るだけではなく、難攻不落のような名著がズラリと並んでいる。文学・哲学はもちろんのこと、歴史・社会科学・自然科学などなどあらゆる分野の名著を網羅している。堅牢(けんろう)なハードカバーの背表紙や何十巻もの文学全集の背表紙の迫力がわたしに強いインパクトを与える。半分が岩波文庫だけで構成された棚まであって、それに向けて視線を伸ばすと、彼女に対するリスペクトのキモチがますます膨らんでくる。
岩波文庫・赤のトーマス・マン作『魔の山』上下巻2冊。わたしは下巻の方を棚から抜き出し、ページを開いてみる。大量の書き込みがなされていて、おねーさんが『魔の山』を何回も精読・通読したのを実感する。傍線が引いてあるだけではなく、決して広くはない余白に細かくて美しい文字でびっしりとメモ書きがしてある。『魔の山』みたいな難攻不落の作品に挑むにはこれぐらいの努力が必要なんだと実感するし、難攻不落な『魔の山』を彼女が何回も「登頂」した事実を思うと、リスペクトしたいキモチがやっぱり無限に湧き上がってくる。
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勉強机の上に、プリクラとぬいぐるみ。
プリクラは互いに高校生だった時に撮ったモノだった。それほど前のプリクラを写真立てに飾っているというのは、ノスタルジックな気分に浸りたいキモチのあらわれなのだろうか。いつまでも変わらない事実は、プリクラに写るおねーさんがとんでもない美少女であるというコト。現在(イマ)の美人女子大学生なおねーさんにも思わず抱きつきたくなっちゃうけど、JKの頃のスーパーウルトラ美少女なおねーさんもやっぱり捨てがたい……!
JK時代のおねーさん以上に目鼻立ちが整ってる美少女なんて存在するワケも無い……!! あらためてそのコトを認識しつつ、ぬいぐるみの方に視線を移行する。
ぬいぐるみもやはり互いに高校生だった時に入手したモノである。当時のおねーさんはクレーンゲームにどハマリしていて、連コインの果てに彼女が掴み取るコトができたのがこのぬいぐるみなのであった。
『常識の範囲内の連コインだったから、許容してくれるよね……』
「許容」の主語が曖昧だけど、そんなコトを思いながら、某・ポケットなモンスターのぬいぐるみに触れてみる。おねーさんがゲットしたのは「マ」から始まる3文字の可愛らしい水色のポケットなモンスターだ。みず属性とフェアリー属性……でいいんだよね?
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あーっ。やっぱり、懐かし過ぎる。プリクラもぬいぐるみも一緒にまとめて抱き締めちゃいたい。
でも、抱き締めちゃう前に、おねーさんに電話をしたい。抜かりの無いわたしは、ズボンのポケットにスマートフォンを入れておねーさんのお部屋のドアを開けたのである。
では何故(なぜ)、プリクラとぬいぐるみを抱き締める前に、おねーさんに電話をしたいと思ったのか?
それは、
『一刻も早く、彼女に、『ゲームセンターデート』のお誘いがしたい……!!』
という想いが、抱き締めたいキモチ以上に、強かったから。