【愛の◯◯】留年女子大学生の願望を充足してくれる娘(こ)が……

 

朝ご飯を食べ終え、アツマくんに『いってらっしゃい』と言ってから、リビング奥のわたし専用スペースへと突き進んでいく。

わたし専用スペースの小(しょう)テーブル上に日記用ノートを置いた。このノートには普段、日記を書いているのだが、今朝は日記を書くのではなく、昨日の「反省文」を書くコトにする。

「反省文」とは勿論(もちろん)、新入生歓迎期間の報告書をめぐって、わたしが後輩男子に情けなくて不甲斐ない姿を見せてしまったコトの反省だ。

懺悔(ざんげ)のように文字を書き連ねた。ノートを数ページ消費したけど、わたしの反省は留まるところを知らなかった。

『ごめんなさい』と『ありがとう』のキモチを籠(こ)めた「サービス」を後輩男子にいつかしてみたい。その「サービス」を具体化する前に、ペンをいったん置き、大井町侑(おおいまち ゆう)と会った夕方の公園での◯◯を思い返す。

侑はアッサリと、わたしの落ち込みを見破った。見破ったから、公園のベンチに座るようにわたしを促した。でも、わたしは最初ためらってしまい、ベンチで2人並んで座って寄り添うよりも前に、右隣に立っていた侑の左腕に自分の右腕を絡めてしまった。

ベンチに並んで座ってから、侑の優しさがいっそう染み込んできた。大親友の優しさはとっても尊い……当たり前なんだけど、それを再認識した。

でも、侑はこの春から社会人なのだ。会社勤めなのだ。ということは、侑にいつでも寄り添い寄りかかれるワケじゃない。

侑だけじゃないんだけど、社会に出た子たちに頼り過ぎるのは良くないんだと思う。社会に出た子たちに助けを求め過ぎるのはワガママだ。社会人になったんだから、問題を抱え込んだりもするだろう。わたしの悩みや苦しみなんかとっても「ちっぽけ」に思えるぐらいの、そんな悩みや苦しみを抱(いだ)くコトだってあるだろう。

わたしが産まれる少し前に、茨木のり子という詩人が『倚(よ)りかからず』という詩集を出してベストセラーになった。詩集の内容とは関係なく、『倚りかからず』という詩集のタイトルを思わず連想してしまう。そう、倚りかかり過ぎてはいけない。それは分かっているんだけど、一方で、『大学5年生のわたしにキャンパスで寄り添ってくれる子が居てくれたなら……』という想いも否定できなくて。

当然ながら、4年で卒業する学生が多数派を占めている。青春の延長戦を生きる5年生以上の学生はマイノリティだ。それはどの大学でもたぶん同じコト。でも、わたしと共にこの春5年生になった女の子が、わたしと距離を詰めてくれるのなら、マイノリティゆえの肩身の狭さなども薄らぐだろうに。

 

× × ×

 

『わたしの眼の前にいきなり、5年生になった女の子が現れるだなんて、甘い妄想なのかな……』

そんなキモチを抱きながら、わたしは徒歩でわたしのキャンパスに赴いた。

目指すは学生会館だ。3年時と4年時にだいぶ巻き返したから、受けるべき授業のコマ数(すう)は減っている。留年幹事長を務めているサークルの部屋で過ごす時間が増えている。

学生会館のエレベーターのボタンを押し、5階フロアまで上がる。わたしのサークルの部屋があるフロアだ。狭い廊下を歩き、サークル部屋の入り口ドアへと近付こうとする。

その時だった。

『羽田さんだ!!』

女の子の大きな声が背後から聞こえてきたのだ。大きな声は聞き覚えのある声だった。

わたしのサークルのメンバーではないけど、知っている女の子。

そうであるがゆえに、その娘(こ)に対してわたしは振り向いてあげる。

かなり長い黒髪で、なおかつかなりの無造作ヘアの女の子だ。160.5センチのわたしよりも少し背が高くて、わたしの「読み」だと164センチぐらい。

そして何よりも強調したいのは、その娘がわたしと同期入学であるコト。

とりあえず、

「城(じょう)さんじゃないの。仕事休みで、自分のサークルにOG訪問するとか?」

と尋ねてみる。

城神明(じょう ミア)さん。彼女の所属サークルは読書サークルだ。本を読むコトに特化していて、学祭(がくさい)などで古本のフリーマーケットを盛んに行っていたりもしていた。

城さんの読書サークルにはわたしも興味があったんだけど、結局は『漫研ときどきソフトボールの会』というサークルを選び、留年幹事長として君臨している。

――さて、わたしは城さんに尋ねてみたワケだ。卒業して社会人になりたてだけど、早くも仕事休みを手に入れて、自サークルへのOG訪問にやって来たんじゃないの……? と。

しかし、城さんの口から出てきた回答(アンサー)は、思いもよらないモノだった。

「違うよ。OG訪問じゃない。というか、わたしまだOGじゃないし」

えっ……?

まだOGじゃない。ということは、すなわち……。

「わたし、卒業できなかったんだ。留年しちゃったんだよ」

こう伝えてきた、城さん。

微(かす)かに苦笑いを混じえた微笑みが、わたしの眼に映る。

 

× × ×

 

違うサークルなれども面識はかなり前からあったし、適度な親密さゆえに、わたしが『ダブる』コトは既に城さんには伝え済(ず)みだった。

だけどだけど、城さんまでダブっちゃったなんて。てっきり、卒業しちゃったかと思い込んでいた。適度な親密さはあったけど、彼女が留年したという事実はたった今知った。

 

エレベーターホールに引き返し、小さなラウンジのようなスペースにあるソファに向かい合って腰掛ける。

積もる話にしばらく花を咲かせた後で、

「城さん、自販機にコーヒーを買いに行ってもいい?」

と言ったら、

「許可取る必要なんか無いよ。知ってるよ、羽田さんがコーヒー大好きっ子なコトぐらい」

と言ってくれた。

 

無糖缶コーヒーを手にしつつソファに戻って腰掛けた。開け口のフタをひねって取り、中身の半分ぐらいを飲む。

缶をいったん置くわたしに、

「羽田さんの美人顔が、コーヒーを飲んだコトで、輝きをいっそう増したように見えてる」

と言ってくれる城さん。

『そうね。わたし、キレイでかわいいし』

という、人によっては唖然となるような言い回しをする、代わりに、

「ありがとう。そういうコト言ってくれて、ほんとに嬉しい。感謝してるから、わたし、城さんを――」

「え、わたしを、どこかに連れて行きたいの?」

「そう、連れて行きたいのよ」

「いったい、どこになのかな」

「わたしのサークルのお部屋。『漫研ときどきソフトボールの会』のお部屋。月曜日の今の時間帯は、いつも閑散としてるから、他サークルのあなたもマッタリできると思う」