日曜日。
朝のキッズ番組を視続けながら筋トレに勤(いそ)しんでいたおれは、筋トレにひと区切りをつけ、ダイニングテーブルの席について例によってコーヒー片手に読書している愛に向かい、
「なあ。おれ、最近気付いたコトあるんよ」
読書を邪魔された愛は眉間にシワを寄せ、
「どんなロクでもないコトに気付いたのよ」
おれは、
「おまえの喋り方が変化してるのに気付いたんだ」
愛は険しい眉間のままに、
「なにそれ。変化って、いつの時代のわたしと比べて?」
「高校生時代とか」
と即答のおれ。
視力◎(ニジュウマル)のおれには、ダイニングテーブルと隔たりのあるこの位置からでも、愛のほっぺたが熱く染まりかけているのが見える。
「10代の頃のおまえってさ」
おれは話を続けて、
「今よりも口調がだいぶ『くだけてた』と思うんだ。好例なのは『語尾』。たとえば、今のおまえは『行く【わよ】』『好き【だわ】』って言うのがほとんどだけど、JKだった頃のおまえは『行く【よ】』『好き【だよ】』って言う時もかなーり多かった」
俯き加減の愛は、
「証拠は? ……『出典』みたいなモノが無いと、受け入れられないわよ、わたし」
おれはためらうコト無く、
「『出典』は、ズバリ、『過去ログ』だ。いきなりメタフィクショナル発言になって申し訳ないが、このブログの2019年辺りを漁っていけば、『語尾』の具体的証拠が幾らでも見つかる」
さらに掘り下げてやろうという気満々なおれだったのだが、愛がぱんっ、と音を立てて文庫本を閉じたから、流れが淀んできているのを察知してしまい、口を閉じてしまう。
本好きらしからぬ乱暴な勢いで文庫本をテーブル上に置き、キッチンに行き、これまた音を立ててコーヒーカップをシンクに置く。
それから、平常時の丁寧さとはかけ離れた乱雑な手つきでコーヒーカップをぐしゃぐしゃと洗い、洗っただけで拭かずに放置し、クルッと寝室の方にカラダの向きを換えたかと思うと、美人女子大学生には到底似合わないガサツな足音を鳴らして、寝室に引っ込んでいってしまった。
口を閉じっぱなしのおれに、
『やばい、怒らせちまった』
という自覚がやって来る。
× × ×
過剰にムカムカする必要も無いだろ。おれの掘り下げた過去が自分にとって不都合だったからって。おれ、愛をイジメる気なんて無かったのに。
99%冗談のつもりだった。からかう以上の意図は無かった。
だけども……おれのからかい方に、ちょっとばかし、配慮っつーもんが足りなかったんかもな。
一挙手一投足(いっきょしゅいっとうそく)があんなに乱暴にガサツになっちまうんだから。あいつらしくない一挙手一投足は、相当怒(いか)ってる状態の顕(あらわ)れだ。ああいう風にさせちまった責任は当然、おれにある。責任を自覚すると、間近のテレビの音声が耳に入らなくなる。……罪の意識が膨張を始める。
項垂(うなだ)れのような姿勢になってしまい、膨らんでいく罪の意識によって苦しくなる。
苦しさにかなり長く浸(つ)かってしまった後で、項垂れの首をブンブン振って、『これからどうすればいいのか』を考え始める。
打開策を考える途中で、リモコンでテレビを消す。静寂の中で神経を働かせて、強く深く打開策を考えようと努力する。
× × ×
おれが立ち上がったのは正午になる寸前だった。
寝室に入った途端に、部屋の隅っこで体育座りでふてくされている愛を発見する。
壁に背中を密着させている。体育座りの姿勢でカラダを丸めている。泣かせてしまっていたら本当に申し訳ないと思う。
塞ぎ込むパートナーの位置までゆっくりと歩み寄る。腰を下ろし、鬱屈としたパートナーと同じ目線になり、すぅっ……と息を吸って、
「ごめんな」
と謝りのコトバを吐き出す。
「おれが悪かった。デリケートな部分に対する気づかいが足りなかった。言って良いコトと悪いコトがあったよな。触れてはいけないトコロに触れちまって、おれ、バカの中のバカだった」
そう謝り続けて、
「一発殴ってくれたっていい。むしろ殴られちまう方が、立ち直れるかもしれない、パートナーとしてより一層おまえに寄り添えるようになるかもしれない」
と、お仕置きの暴力までもリクエストするおれであったが、
「謝ってくれたのは嬉しい。でも……でも、アツマくんにパンチする気になんて、今は、なれない」
とフニャけた声で、パートナーは。
「そっか」
とおれ。
「キチンと謝ってくれたし、それで充分」
とパートナーたる愛は言うも、
「だけど欲を言えば、欲を言えば……なんだけど」
と、歯切れ悪くなってしまう。
「なーんだよっ」
おれは明るく訊いてみる。
しかし答えてくれず、ゆるゆると立ち上がり、ゆるゆるとベッドに歩いていき、弱々しく腰掛ける。
弱々しく腰掛けたのだが、強いチカラで自分のスカートの裾を握り始める。
定番の仕草だった。出逢った時から変わらない意思表示の仕方だった。
そう。愛が中学2年生の頃からずっと、スカートの裾を握り締めて弱さを示す仕草を、おれは眼にし続けているのだ。
いったん腰を上げ、それから中腰になり、弱さを示している愛とおんなじ目線になってやる。
スカートの裾を握り締めていない方の腕を優しいチカラで握ってやる。
それからそれから、軽く、優しく、その腕を揉み始めてやる。
ホグされてしまったから、ホグに対する驚きと戸惑いで愛が仰(の)け反(ぞ)る。
おれのホグ行為に直面して大きく驚いてしまっている愛に、
「すまんな。キモい真似して」
と、再び謝る。
すると。
しばらくしてから。
愛が、どんどんおれの方に距離を詰めてきて、両手を掲げて、そしてそれから……!!