【愛の◯◯】わたしを怒りに向かわせるわたしのアホな先輩約2名

 

皆さんこんにちは~。わたし、敦賀由貴子(つるが ゆきこ)っていいます。都内某私立大学の2年生になったばかり。『漫研ときどきソフトボールの会』っていう愉快なサークルに所属しています。所属サークル名から分かる通り、漫画が大好きです。 ソフトボールも楽しいんですけどね。

出身は大阪府なんですが、東京で丸1年暮らした結果、大阪弁をかなり忘れてしまいました。そういうモノですよね。関西の大学に進学した関東の人が関西弁にすぐ染まってしまう現象の全く逆です。

 

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本日は新入生歓迎期間の3日目。現在時刻は午前11時6分。わたしが居るのは本部キャンパスの新歓ブース。そして、わたしの左隣の椅子に座っているのは古性(こしょう)シュウジ先輩。

シュウジ先輩は3年生。特筆すべきはシュウジ先輩も大阪府出身であるコト。そしてもっと特筆すべきはシュウジ先輩とわたしが同じ高校の先輩後輩だったコト。お互いに高校時代の延長戦をプレーしているようなモノだ。

漫画だったらいかにも「ありがち」なシチュエーション。だけど漫画じゃないから稀(まれ)なシチュエーション。左隣の1つ年上の男子がどのくらい大阪弁を忘却しているのかは分からない。

新入生と思しき男の子がやって来た。漫画好きが好みそうなメガネをかけている。漫画好きが好みそうなメガネ云々は当然わたしの独断と偏見。わたしが応対したいキモチもあるが男子なので男子のシュウジ先輩に任せる。

しかしシュウジ先輩の応対の仕方が非常にたどたどしい。強い不安とそこはかとない不満をわたしに抱かせるたどたどしさだ。サークルの概要を説明するのにまごついた。それだけではない。苦笑いで取り繕(つくろ)っている新入生の彼に向かって、

「漫画ももちろん好きだけど、僕、短歌も嗜(たしな)んでいて……」

と本来言う必要も無い情報を挟んじゃったりしている。

肉体言語で怒りを示したくなってくる。叩いたりはしないけど上着の上から右脇腹の辺りをつねりたくなってくる。自分勝手になっているのを分からせるためには肉体言語も時には必要。

 

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だけど結局肉体言語は行使できなかった。悔しさを引きずりながらブースの「バトンタッチ」をして自分勝手な先輩と一緒に法学部の建物に向かった。シュウジ先輩の背中をひたすら睨み続けながら歩いた。腐れ縁だから睨みつけ方も熟知していた。

わたしもシュウジ先輩も法学部ではない。ラウンジでお昼を食べられる近場の建物が法学部の建物だったに過ぎない。ラウンジの長椅子に腰掛けるなりテーブルにお弁当箱を置き、向かい側のシュウジ先輩の顔を一切見ないで箸と口を動かしていく。

食べ終えてお弁当箱を片付け終えると同時に、

「もう少しちゃんとしてくださいよシュウジ先輩っ。ココロの中で怒りが抑え切れなくなる寸前だったんですよ!?」

とたしなめながら先輩の顔を見てあげる。

「え。もしかして、ココロの中で大阪弁の罵詈雑言(ばりぞうごん)を炸裂させてたりとか?」

なんですかそれ。『大阪弁の罵詈雑言』だなんて。そんなの炸裂させてませんから。

あと、なんか先輩の今の表情がヘラついていて、ムカムカ倍増です。

 

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割りと容赦のない批判を法学部ラウンジに響き渡らせてしまった。東京(こっち)に来てから一番シュウジ先輩を叱ったかもしれない。『ブースで短歌の趣味をアピールするのだけはやめてください』と念押しした。だけど先輩は念押しがキチンと伝わっているのか微妙な笑顔を見せてくるだけだった。短歌の話題を自粛してくれる代わりに俳句の話題を始めたりしちゃいそうで恐ろしい。

 

午後1時半ジャストにブースに戻った。さっきわたしが座っていた椅子に既に新山(しんざん)ブンゴ先輩が座っていた。したがってわたしはさっきシュウジ先輩が座っていた椅子に座った。

右隣に着座しているブンゴ先輩もシュウジ先輩と同じく3年生。ブンゴ先輩は京都府の出身である。京都府大阪府と接しているのは客観的事実だ。京都府民と大阪府民が互いをどう認識しているのかは客観的尺度では測れないデリケートな問題だ。ここで文字化できるような代物じゃない。

……したがってわたしは『地元の府が隣同士』というのを意識から追い出してブンゴ先輩と共に新入生を接待することを固く決意したのだった。

決意が固くなり過ぎて右拳をキツく握り締めてしまっていたトコロに新入生と思しき女の子がやって来た。やった女の子だ。ここは絶対にわたしから積極的になって彼女と一緒に話を弾ませるべき。

そう思って腰を浮かせようとしたのにブンゴ先輩がしゃしゃり出てきて、立ち上がったかと思いきやわたしのプライベートゾーンを侵食するかのように身を乗り出してきて、

「きみ、ソフトボール、できる!?」

とせっかくブースを訪れてくれた彼女を怯えさせかねないテンションで声を上げるから、アホな先輩男子の左太もも付近をパンチしたい衝動が芽生えてくる。

 

逃した魚は大き過ぎる。わたしがマトモに応対できないままに彼女はブースを去って遠ざかっていった。

「手応えイマイチだったな。あんなに『ソフトボール楽しいよPR』したのに」とブンゴ先輩。アホちゃいますか!?

「全部裏目に出たんですよ、ブンゴ先輩」と震える声を抑え切れないわたし。

右横のブンゴ先輩をキッと睨んで、

ソフトボールオンリーのサークルやないんですよ!? 分かってます!?」

と抑え切れずにキレるわたし。

賢明な方ならばお分かりの通り、2箇所に大阪弁を滲ませてしまいながらキレてしまった。

今度はわたしの方からブンゴ先輩のプライベートゾーンを侵食する。激怒しているのだから仕方が無い。

ブンゴ先輩が顔を逸らす。

わたしの逆サイドを向き続けて無言モード。わたしが睨みをキツくしても姿勢を変えず無言モード。

なぜ逆サイドを向き続けるのか皆目見当がつかない。首がどれだけ痛くなってもわたしは一切責任を取らない。