【愛の◯◯】暗転、記憶の欠落、塞ぎ込み

 

麗(うら)らかな春の朝と言って良かった。3月に入ったのだから。3月初日の土曜日。これからは気温が上がる一方であって欲しい。そう思いながら家の近所を歩いていた。

タカムラ家(け)から徒歩10分のコンビニへ向かったのだった。生活必需品・飲み物・お菓子を1つずつ購入し、マイバッグに詰め込み、帰り道を歩き始めた。

帰る道中に、志貴(シキ)ちゃんの実家に続く分かれ道があった。シキちゃんはもしかしたら朝の散歩をしているのかもしれない。わたしにそんな予測が生まれた。飼い犬などは居ないけど、彼は以前から朝の散歩が好きだった。朝のこの道で彼に出会うコトがこれまでにも何度もあった。

わたしよりかなり年上の男子であるシキちゃん。美術教師として働いているシキちゃん。しかも、わたしが通う高校が職場であるシキちゃん。

ここでバッタリ出くわすコトができたら嬉しくなる、シキちゃんの顔を見た途端に嬉しくなれる。出会う確率のコトなど考えずに、わたしはわたしの期待を膨らませ、歩くスピードを少し遅くした。

向こうから誰かがやって来た。1人だけやって来たのではなかった。2人やって来たのだった。

そして近付くにつれて、やって来る2人が男女の一組であるのが明確になってきた。

そして、それから。

男女ペアの、男性の方が……わたしが産まれた時から関わりのあった『彼』であるコト。その事実が食い込んできた。

ただ単に食い込んだワケじゃない。食い込むというよりは、ナイフのようなモノで胸を抉(えぐ)ってくるような感覚……そう表現した方が正しいのかもしれない。

わたしの感情は急降下していた。期待が消滅した。『偶然に出会えるかもしれない』という期待が消滅した。

たしかに、わたしは、わたしの幼馴染(おさななじみ)男子のシキちゃんに、偶然に出会った。出会うコトができた。

でも、お隣に『もう1人』いた。

わたしだけが季節を約3ヶ月逆戻りしていた。ココロとカラダの全てが青ざめた。弾みかけていたキモチが瞬(またた)く間(ま)に凍りついた。あまりにも全身が冷たくなったから、マイバッグを持つ右手が極度に震えた。

極度の震えを抑えるために神経を右手に集中させた代償で、右手以外のカラダから急激にチカラが抜けていった。

 

× × ×

 

残酷だった。

わたしに気付いた途端、照れ笑いと苦笑いのミックスされた顔をシキちゃんは見せてきた。

シキちゃんの隣の女性は何(なん)の混じり気も無い笑顔だった。

シキちゃんの交際女性をシキちゃんが紹介する悪夢のような経験をわたしは経験した。

残酷過ぎて、ココロの激しい揺らぎと連動するように視界がぐらつく寸前になった。

 

× × ×

 

シキちゃんとシキちゃんに出来た彼女さんのペアと別れた後から眠りにつくまでの土曜日の記憶がほとんど無い。

眠りにつくまでのほとんどの時間を自分の部屋で過ごしていたと思う。トータルで何時間以上ベッドの枕元に突っ伏(ぷ)していたのだろうか。知る術(すべ)も無い。

真っ白になっていたのは脳内だけではなかったと思う。

それゆえ、トヨサキ三太(サンタ)くんがわたしのLINEに送信しまくってきていたのに全く気付けなかった。

 

× × ×

 

スマートフォンどころではなかったから、電池残量など確かめずに、日曜日の旧校舎へと『登校』した。

わたしが主体になって元気にクラブ活動を進めるはずだった【第2放送室】に入ってからもココロここに在(あ)らずで、病んだままみたいな状態だった。

だから、クラブ活動の片割れのトヨサキくんにマトモな態度をとるコトができなかった。スタジオに逃げ込み引きこもったわたしの背中に彼が声を掛けてきた時、カチンと来てしまい、振り向きざまにノートを投げつけてしまった。

その後(あと)のコトもまた、あまり憶えていない。取り乱して思わず土曜日のショックをトヨサキくんに打ち明けちゃっていたかもしれないし、そんな行為には及んでいなかったかもしれない。

 

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その次の日、3月3日月曜日は卒業式の日だった。

放送部の紅葉(もみじ)先輩やモネ先輩……お世話になった3年生を送り出すべきだった。そういう務めがあるのは自覚していた。

だけど、シキちゃんをめぐる一連の◯◯に起因するショックで、そんな自覚も消え失せて、いつもの登校時刻2分前になってもベッドの掛け布団の中に潜り込んでいた。

『遅刻してでも行きなさい。大事な先輩が卒業するんでしょう?』

部屋に入ってきた母がそう叱ってきた。

母のお叱りに対してあらゆる反応もわたしは示さなかった。

『ワガママね。何があったかは知らないけど。ワガママだから、そんな風になる理由も知らせてくれないのね』

たしなめの強度はそんなに高くはなかったけど、わたしにとって最高に都合の悪いコメントを残して母が部屋を去っていったから、わたしはわたしのパジャマを掛け布団の真(ま)っ只中(ただなか)で掻(か)きむしった。