西校舎の入り口付近に見覚えのある先輩男子生徒の姿があった。
2年の増田訓史(マスダ のりふみ)先輩だ。細(ほそ)めのスッキリとした体型で、背も高め。やや髪が長く、顔立ちからはクールな印象を受ける。わたしには実年齢より2,3歳年上に見える。私服で街を歩いていたら大学生に見間違えられるコトもあるのかもしれない。大人(オトナ)びているから、『いつでもどこでも冷静沈着なんだろう』という実感を持つ。
「タカムラも西校舎に用があるのか? 『読書力養成クラブ』か?」
校舎入り口の手前に立ったわたしにマスダ先輩が訊いてきた。
「はい。取材のお礼がしたかったので。『本』がテーマの番組が出来上がったんです」
マスダ先輩の方を向いてわたしは答える。
クールさを醸(かも)し出す細い眼。マスダ先輩の表情は少しも変化するコトが無い。『ポーカーフェイス』だ。現在(いま)の彼の感情が読めない。
「そうか」
と言いながら入り口扉の方に向き、先輩は、
「見張り番なんだよ、おれは」
マスダ先輩が文芸部員なのをわたしは知っていたから、
「『読書力養成クラブ』が勝手なコトをしていないか、『監視』に行くんですか?」
と訊く。
『読書力養成クラブ』は文芸部から独立したクラブだ。内部事情はよく分からないけど、文芸部から何人も抜けて新しいクラブを作ったってコトは、イザコザがあった可能性が高いんじゃ無かろうか。円満に『分離』したのなら、『見張り番』なんて普通つけないはず。
「タカムラ」
先輩はわたしの苗字を呼び、
「『監視』という表現はやめてほしい。物騒な意味合いになってしまう」
と注意する。
「……すみません」
素直に謝っておく。……だけど、『監視』じゃないのなら何(なん)なんだろう。適切な表現を思い浮かべられない。マスダ先輩だったら、文芸部なんだし、パッと適切に表現できるかもしれないけど。
× × ×
わたしとマスダ先輩は並んで歩いて『読書力養成クラブ』の根城(ねじろ)である教室に向かった。
2月の末(すえ)であるが故(ゆえ)の早春のほのかな陽(ひ)の光が、マスダ先輩の横顔を時折照らした。
その印象を留めつつ目的地の教室までたどり着いたわたしは、マスダ先輩を背にしてドアを軽く数回ノックした。
石井宝太郎(いしい ほうたろう)先輩が出てきた。『読書力養成クラブ』の元締(もとじ)めみたいな2年男子だ。正直に言ってかなり面倒くさい男子(ヒト)である。
「ようこそタカムラかなえさん」
滑らかな口調で石井先輩はわたしを歓迎する。
フルネームで呼ぶ必要なんか少しも無いのに……と思いつつも、
「おかげさまで番組が無事出来上がりました。石井先輩、ご協力ありがとうございました」
とお礼を言い、それから、
「石井先輩だけじゃなくて、『読書力養成クラブ』の皆さんに、感謝です」
と教室を見渡しながら言い足す。
『養成クラブ』の構成員は計4名が在室していた。つまり、石井先輩以外に3人いる。そして、3人とも男子だ。背後のマスダ先輩含め、5人の男子にわたしは囲まれている。
だからといって、少女漫画や乙女ゲームの如(ごと)きシチュエーションが産まれてくるワケも無い。
「良かったねえ!! 番組が完成して!! 僕らの尽力(じんりょく)が、素晴らしい番組に結実(けつじつ)したワケだ!!」
すごい勢いで石井先輩が声を上げた。
流石にビビったわたしは、
「んっと……。取材したのは、ここだけじゃなくて。いろんな人の話を聴いたりして、それらを取りまとめて、わたしたちは……」
「でも、僕らの貢献が、いちばん大きかったんだろう!? 『本』がテーマの番組で、なおかつ僕らは『読書力養成クラブ』なんだ」
石井先輩の明るい声がわたしに迫ってくる。
石井先輩が前のめりになってきていて正直コワい。『ソーシャルディスタンス』というコトバが頭から抜けてそう。短時間で去るつもりだったのに、ジワジワと縛られていくような感触があって、逃げるのが徐々に難しくなっていく。
そんな窮地(きゅうち)を救ってくれたのは、わたしの背後の先輩男子だった。
「その辺(へん)でやめとけ、石井」
マスダ先輩の『たしなめ』が耳に届いた。現役文芸部員のマスダ先輩が、元・文芸部員の石井先輩をたしなめる。
「後輩の女子をあんまり怖がらせるな。解放してやれ」
そう忠告するマスダ先輩に対して、
「マスダ。きみは厳しいな。『見張り番』故(ゆえ)の責任感もあるんだろうか?」
と、メガネの中心部を右人差し指で押さえるという不可解なポーズと共に石井先輩が応(こた)えた。
すると、マスダ先輩が一気に前に出てきた。教室内に入り、石井先輩と向かい合う。わたしの右斜め前にマスダ先輩の背中がある。
一触即発!? ケンカ!?
ケンカしちゃうの!? ケンカを売るなんて、マスダ先輩らしくない……。
「下校を促す放送が聞こえるまで、おれはこの教室に滞在させてもらう。隅っこの椅子で文庫本でも読みながら、おまえたちが不穏当なコトを言い出さないか耳を澄ます」
そう宣言するマスダ先輩。……石井先輩と『やり合う』つもりが無いみたいで安心。
だけど、
「本を読みながら、耳を澄ます? マスダにそんな高等技術があるだなんて、初耳だ!」
と、石井先輩が、火に油を注(そそ)ぐ……。
ポーカーフェイスのままにマスダ先輩は石井先輩から顔を背(そむ)け、宣言通りに教室の隅っこに歩いていく。
いかにも空気が微妙なので、わたしはこの場から立ち去りにくくなってしまう。
そんなわたしのもとに、今度は1年男子の高垣交多(たかがき こうた)くんが急接近。
この場にいる5人の男子の中で最も美男子(びなんし)な高垣くんの口から、
「タカムラはどうして教室に入って来ないんだ!? ドア付近で立ち尽くしたままだと、みんな不満足だぞ。不満足というのはな、みんながタカムラのコトを『大事な存在』と認めているというコトだ。だからこそ、きみは『領域』に入って来なければならないんだ。せっかく気温も上昇して春めいている夕方なんだ、この教室、この空間で、柔らかくも暖かな時間、穏やかで幸福感に包まれる時間を、共に過ごす。……これがぼくらの願いだよ、タカムラ。さあ、始めよう、実際の時間経過より濃密に感じられる、素敵に充実した時間を……!!」
という、日本の男子高校生が発するコトバの中でナンバーワンを争うぐらいに気味が悪いコトバが発せられたから、左側頭部(ひだりそくとうぶ)がズキズキとしてくる。