【愛の◯◯】蜜柑ちゃん、悲鳴のちタメ口

 

いつもよりもさらに早起きした。もう既にメイド服に着替えている。眼前(がんぜん)のベッドの蜜柑ちゃんはまだ眠っている。

「アカ子さあああぁ~~ん、もう食べられないし飲めないですよおおおおぉ~~~」

すごい寝言(ねごと)が聞こえてきた。アカちゃんだったら『まだ食べられるし飲めるわよおおおおぉ~~~』という寝言になるだろう。蜜柑ちゃんとアカちゃんで寝言が真反対になるのが簡単に想像できるから、笑い声が出そうになってしまう。

それにしても、蜜柑ちゃんはどんな夢を見ているのやら。アカちゃんの大食いと大酒(おおざけ)に無理やり付き合わされているのかも。でも、無理強(じ)いされているのなら、こんなに気持ち良さそうな寝顔にはなっていないだろう。

次はどんな寝言が飛び出すのかな……と期待したが、蜜柑ちゃんは夢の世界に溺れ続けるコト無く、目覚める寸前の仕草をわたしに見せてきた。

身を起こすと同時に背伸びをする。真正面に床座(ずわ)りのわたしの眼に美しく豊かな上半身の線(ライン)が焼き付く。

背伸びの後でいったん肩のチカラを抜き、パチリと眼を開ける。約3秒後に真向かいのわたしに気付き、軽く苦笑いした後で、

「おはようございます、愛さん」

と言ってくれる。

「おはよう、蜜柑ちゃん」

元気に明るく挨拶を返す。蜜柑ちゃんの軽い苦笑は続いている。わたしがすこぶる早起きだったのと早起きだったが故(ゆえ)にもうメイド服姿なのに対する苦笑なのだろう。メイドが本職なのは彼女の方なのだから、先を越されたみたいになって苦笑いするしかないのだ。加えて、『おかしな夢を見ていた』という自覚も彼女を苦笑いさせるのかもしれない。

「蜜柑ちゃん」とわたし。

「なんでしょうか」と蜜柑ちゃん。

「蜜柑ちゃんの寝言、面白かった」

告げた途端に彼女の眼が丸く大きくなる。が、程無くして顔に平穏さが戻って、

「面白くて、何よりです」

とリアクションを返し、

「それはそうとして、早急(さっきゅう)に着替えなきゃいけませんね。愛さんに負けてはいられないので」

と宣言し、ベッドから抜け出し始める。

 

× × ×

 

火曜日だ。もうそろそろ2月も終わる。そして、もうそろそろわたしの『住み込みメイドごっこ』も終わりになる。アカちゃんのメンタル不調による長期のお泊まり&メイド役の引き受けだったのだが、彼女もすっかり元気になったし、元の生活に戻っていく頃合いなのだった。わたしの彼氏も「ふたり暮らし」のマンションにわたしが戻って来ないと寂しいもんね。アツマくんにはマンションに帰った瞬間にベタついてあげるわ。

スキンシップでもってアツマくんに如何(いか)にして愛情を示していくべきか。その方法を何通りも考えながら朝食の食器を洗ったり拭いたりしていた。だけど、全ての食器を元の場所に戻した瞬間にわたしはわたしの思考に蓋(フタ)をした。彼氏との◯◯な◯◯ばかり考えていてはいけない。それはまだ少し先の話。邸(ここ)に滞在するのがあと僅(わず)かだからこそ、一層(いっそう)気合いを入れて『お仕事』に取り組んでいかなくてはならない。

 

× × ×

 

午前9時を過ぎた頃にはアカちゃんは邸(いえ)から出ていた。アルバイト先の模型店が所在する商店街に向かって行ったのだった。公共交通機関を利用して彼女は商店街に赴(おもむ)くのだ。大企業の社長令嬢が公共交通機関を利用しているイメージを頭に浮かべると面白くて楽しくなる。ゴメンねアカちゃん。

 

さて、現在は朝の情報番組も粗方(あらかた)終わっている時間帯である。わたしが受け持った清掃と洗濯も粗方終わっている。

1階のリビングに行って長(なが)テーブルを完璧に拭き、後始末をした後でメイド服のままその場のソファに身を委ねた。メイドらしからぬ寛(くつろ)ぎ方かもしれないけど、咎める人なんて誰もいない。蜜柑ちゃんだってこんなわたしの姿を目の当たりにしても99%何も言わないだろう。

その期待に蜜柑ちゃんは見事に応えてくれた。リビングに入ってきてわたしの寛(くつろ)ぎを眼にした瞬間に、苦笑いでも呆れ笑いでもない純粋な笑顔を見せてくれて、わたしの至近距離の座面(ざめん)に自(みずか)らも腰掛けたのだった。

「テーブルもピカピカですし、お掃除全部終わったみたいですね」

寄り添いのレベルを上げつつ蜜柑ちゃんが言う。

「そーよ。蜜柑ちゃんは?」

リボンで結んだ長髪もろとも背中をだらしなくソファに引っ付けてわたしは訊く。

「わたしもやり尽くしました」

すぐに答えが返ってくる。

返答した後で蜜柑ちゃんは、

「愛さんは全然消耗しないですよね。そうやって寛(くつろ)いでいるけど、わたしが目覚めた時から何の変化も見られない」

「変化って、お肌の状態とか、そーゆートコの?」

わたしがからかうと、彼女はクスッと笑い、

「それもひっくるめて、というコトにしておきましょう。わたしは長年この仕事をやっていても疲れる時は疲れるんです。現に今だって脚に疲れを感じてますし。ですから、愛さんの体力には憧れちゃいます」

「憧れてくれてありがとう」

感謝を示すのと並行して、わたしは蜜柑ちゃんの長い脚に視線を寄せる。身長168センチの彼女の脚。モデル並だと誰もが思うであろう脚。160.5センチしかないわたしは到底敵(かな)わない。

体重はわたしの方が明らかに軽いのだがそれはどうでもいいとして、わたしが蜜柑ちゃんより長いのは脚ではなく髪だ。ロングストレートの彼女よりもさらに1.5倍以上は長い。だから、メイドさん的作業の邪魔にならないようにリボンで髪をまとめたりしているのである。

彼女の長い脚に視線を寄せ続けながら、リボンでまとめたわたしの栗色の長髪をわたしはサラサラと撫でてみる。

不埒(ふらち)になる寸前で彼女の脚から彼女の顔へと視線を移動させる。サラサラと撫でていた自分の長髪をほんの少し摘(つ)まんでみる。

それから、

「この休憩タイムを利用して――あなたに訊いてみたいコトがあるのよ。こうやってふたりきりじゃないと、訊けないようなコト」

と、イジワルな微笑(びしょう)を彼女に見せつけながら言ってみる。

蜜柑ちゃんは顔を寄せるが、無言だった。間(ま)ができた。蜜柑ちゃんの方が不都合になっていくのを物語るかのような間(ま)だった。

「笹田(ささだ)ムラサキくんって、いるわよね」

当然ながら蜜柑ちゃんとムラサキくんは近しい。そうであるがゆえに、敢えてこのような言い回しをする。

「彼はわたしと同い年。背丈もわたしとあまり変わらず、さらにはボーイソプラノ

だんだんと焦り顔(がお)になる蜜柑ちゃんを味わいながら、

「で、わたしと彼が同い年というコトは、わたしも彼も蜜柑ちゃんの3つ年下」

と言って、ほんの少し息継ぎをしてから、

「そして……3つ年下のムラサキくんが、蜜柑ちゃんには、とってもカワイイ。というか、とっても『愛(あい)くるしい』」

と、決定的なコトバをぶつけて、3つ年上のステキな女性(ヒト)を本格的に困らせていく。

わたしの間近に腰掛ける3つ年上のステキな女子(ヒト)は、

「いっいっいきなりなんなんですかっ!?!? さっきまでムラサキくんのコトを話題にする気配なんて少しも無かったのにっ」

と、型通り慌てふためく。

「明日、邸(ここ)に来るじゃないの、ムラサキくん」

わたしは事実だけを呈示する。

「まさか、愛さん、前々から、ムラサキくんにイタズラするだとか、そんな企(くわだ)てを……!!」

唖然とすると同時に悲鳴を上げる蜜柑ちゃんに、

「明日になったらハッキリするコトよ、それは」

と、可愛がるコトバをわたしは送り届けてしまう。

「い、い、いじわるですっ!!」

15歳の女の子に逆戻りしちゃったみたいな悲鳴を上げる25歳の蜜柑ちゃん。

「愛さん、ちょっとイタズラっ子になり過ぎなんじゃないの!? そんなに美人だからって、言って良(い)いコトと悪いコトの区別ぐらい……!!」

ついにタメ口モードに突入する、わたしよりオトナのお姉さん。

「もーちょっと、分別(ふんべつ)があるって、思ってたのにっ!!!」

わたしよりオトナのお姉さんのこういうリアクションが――最高に可愛くって、最高に面白い。