「愛がホントにメイドさんになってる。ビックリした」
愛ちゃんを目の当たりにしたさやかちゃんが言った。さやかちゃんの眼が丸く大きくなっている。メイド版愛ちゃんに強く惹きつけられているのか、リビングのソファの横に立ち続け、着席しようとしない。
「えへへ」
可愛く笑いながら言う愛ちゃんは、さやかちゃんに一直線にカラダを向けている。メイド服姿をもっと眼に焼き付けてほしいみたいだ。
「さやかに訊いてみたいコトがあるんだけど」
ドギマギ気味になってきたさやかちゃんから視線を外さずに愛ちゃんは、
「わたしと蜜柑ちゃん、どっちの方がメイド服が似合ってると思う?」
問いに対して上手く答えられないさやかちゃんは俯いてしまう。微妙な沈黙の時間が刻まれる。
しかし、決意したように覚悟したようにさやかちゃんは顔を上げ、
「やっぱり……蜜柑さんの方だよ。プロフェッショナルなのは蜜柑さんなんだもの」
と回答する。
「それは残念ね」
と言いつつも、愛ちゃんは全く気落ちする様子も無く、
「ま、さやかは長年の蜜柑ちゃんファンなんだから、仕方無いか」
「……そうだよ。あんたの思ってる通り。わたしは蜜柑さんにずーっと憧れてる」
「あいにく蜜柑ちゃんはダイニング・キッチンで洗い物中よ。この場にはしばらく来ないと思うわ」
そう知らせてから、愛ちゃんは、
「だから、わたしの『ご奉仕』で我慢して?」
とイジワルさの含まれた声で要求する。
さやかちゃんは静かにソファに接近し、静かにソファに着座し、
「『ご奉仕』って言ったって、いったい何を?」
「それはお楽しみよ」と愛ちゃん。
「それじゃーなんにも分かんないっ」とさやかちゃん。
2人の面白いやり取りを存分に味わっているわたしは、同じソファに座っていながらも距離のあるさやかちゃんに向かって、
「愛ちゃんの家事スキルも抜群だから、わたしたちとっても助かってるのよ。さやかちゃんが邸(ここ)に来る前、愛ちゃんがとっても美味しいビーフシチューを作ってくれたの。ビーフシチューのお昼でわたしに元気が補給された。……まるで何もかもが愛ちゃんの『ご奉仕』のお陰みたいだわ」
語った後でわたしは愛ちゃんに眼を向ける。堂々とした立ちっぷりの愛ちゃんは微笑み顔でわたしにアイコンタクトしてくる。
ソファを共有しているにもかかわらず距離を詰めてきてくれないさやかちゃんが、
「ふうん。きっとアカ子はビーフシチューを何杯もお代わりしたんでしょ、あまりにも美味しくて」
とか言ってくる。
「あらぁ」
と、わたしはわたしの大食い属性を突っついてきたさやかちゃんをジト眼(め)で見て、
「今日のさやかちゃんっていつもより少しだけ可愛げが無いのね」
と反撃してみる。
愛ちゃんがクスクスとお上品な笑い声を発した。
× × ×
「あんたの調子がかなり心配だったんだよ? 主にメンタル面の調子が。『沈み込んでるようだったら、3泊4日ぐらいして寄り添ってあげよう』って思ってたんだけど……」
夕ご飯もお風呂も終えたわたしとさやかちゃん。わたしの部屋で2人きりのシチュエーション。このまま就寝時刻まで2人きりの予定になっている。
わたしのコンディションをとっても心配してくれていたさやかちゃんは、わたしのコンディションが既に上向いてきているのを知ってややガッカリなご様子だった。『ひと足遅かった。愛に先を越されてしまった。ちょっぴり悔しい』、そんなココロの声が聞こえて来そう。
「たしかに、わたしの回復が予想以上に早かったかもしれないけれど、あなたが後悔する必要なんて無いのよ?」
ベッドに腰掛けるわたしはカーペットに腰を下ろすさやかちゃんに向けて言った。できるだけ柔らかく包み込んであげられるように自分の声に注意を払う。
「うん、アカ子の言う通りだと思う……。邸(ここ)に来たのが無意味なワケでもないんだし」
「そうよ、無意味なんかじゃないわよ。たとえ一晩(ひとばん)だけでも、さやかちゃんが寄り添ってくれるだけでとってもとってもハッピーだわ」
さやかちゃんは心(こころ)なしかベッドに近付き、
「アルコールが入ってたら、ハッピーってレベルじゃ無くなってそうじゃん」
「そーね。ハッピーのレベルを突き抜けてしまいそうだから、今日は休肝日(きゅうかんび)にしたのよ」
「……22歳の可憐なお嬢さまから『休肝日』なるコトバが出てくるとは」
ベッド間近のさやかちゃんに顔を傾け、
「あなたが余計なコトを言い続けちゃう前に、わたしお布団の中に入っちゃいたいかも」
「んっ……。マズかった? わたしの言い方」
「ちがうわよ」
きっぱりと言ってから、わたしは掛け布団の中に下半身を収め始め、
「余計ではあるかもしれないけれど、機嫌を損ねてなんかいないんだから」
と言った後で、妹を見るかのような暖かい視線をさやかちゃんに送り届け、
「あなたがまだ眠くならないのなら、LEDは消さないでおいてあげるけれど。どーかしら? わたしはひと足お先に眠っちゃうと思うけれど、あなたは好きなコトをしていて良(い)いのよ?」
と告げ、ベッドに背中を託し、掛け布団を両手で引いて顔に近付ける。
沈黙が下りる。さやかちゃんが考え込んでいるのが読み取れる。
お布団の温かみがカラダに染み通り始めてきた頃になって、
「LEDは消しても良いよ」
という親友の声が耳に届いてきた。
「LED消す前に、布団敷く作業はさせてほしいけど」
さやかちゃん用のお布団は既に部屋に持ち込まれていた。
だけれど、
「わたしのベッドに一緒に入ったら、手間が省けるのに」
と、わたしは敢えてからかってみる。
「バカ言わないのっ、アカ子」
「えっ? 前にもあったでしょう? このベッドに2人一緒に入ったコト」
わたしは嘘は言っていない。からかい混じりの喋り方は続けていたけれど。
「もう記憶から抜けてるからっ」
呆れたようなさやかちゃんの声。
「抜けちゃってるの? 残念ね、あなたは東大の院に進学するぐらい賢いんだから、忘れてないって思ってたのに」
「わたしの進路を無闇に強調するなっ」
たしなめてはいるけれど、怒ってはいない。……親友だから、完璧に把握できる。
「そういうイジワルな言い回しができるのなら、完全回復も近そうだね!」
呆れ気味ではあるけれど、声にトゲトゲしさは無い。……親友だから、眼を閉じていても、彼女のキモチを正しく推し量れる。