入ってきた愛はもちろんメイド服姿ではない。普段着で普段通りの愛である。くたびれた様子はほとんど感じられない。とても元気そうだ。安心する。
「『期間限定のメイドのお仕事』で消耗したりはしなかったみたいだな」
おれは言う。先週半ばからアカ子さん宅に長期滞在していた愛。メイドさんのお仕事に熱い興味があったらしく、蜜柑さんに意思を伝えてメイド服に身をまとい、炊事・洗濯・掃除など邸宅の家事を担当し始めたのであった。
「消耗するワケないでしょ。幾らだってアカちゃんのお邸(やしき)にご奉仕できるわよ」
愛は言い、
「あなたがどーしても寂しかったみたいだから、マンションに渋々帰ってきてあげたんだけど」
あのぉー。『渋々』は余計じゃありません? 愛さぁん。
「アツマくん。あなたって結構どうしようもないわよね。わたしが約5日間マンションに不在だっただけで、耐えられなくて、恋しくなるだなんて」
……うるさいっ。
『黙らせたい』。その一心(いっしん)で、愛の頭頂部を右手で押さえる。
優しく触れ続けながら、
「いったん帰ってきてくれて、ありがとな」
と素直に言う。
ほんの少し顔を赤らめながらも、
「スキンシップしたくてウズウズしてたの? もっと我慢強くなった方がいいと思うわよ」
と、からかうように、たしなめるように、愛は言ってくる。
おれは反撃したかったので、
「おまえが今つけてるヘアピン、とってもいいと思うぞ」
と、ヘアピンに眼を留めつつ、素直に言う。
愛の勢いが止まる。目線が下がり、反撃に対する反撃のコトバを言えなくなる。
20秒間ぐらい困った後で、おれのパートナーは、
「……2週間前と同じじゃない。ちょうど2週間前にあなたはわたしのヘアピンをベタ褒(ぼ)めして……」
と若干フニャついた声で言ってくる。
「おまえ記憶力抜群だな。流石だ」
力強く愛を称(たた)える。
頭頂部から右手を一度離す。
それから、才色兼備なパートナーの背中に向けて緩やかに両腕を回していく。
馴染(なじ)みの背中の感触が嬉しかった。一気に抱き込みたかった。
パートナーの上半身をおれの胸に素早く押し付けた。
直(ジカ)の体温がとっても心地良かった。
寂しくて恋しかったのはコイツの言う通りなのだ。
しかし、こうして抱き留めることで、凝り固まった寂しさも恋しさも解(と)けてなくなっていく。
「ありがとよ」
包み込みながら、小声で言ってやる。耳に届かなくたって良かった。
× × ×
美味い晩飯を作ってやるのがおれの務めだった。仕事から帰った瞬間に『お料理頑張るぞモード』に入った。2月に入ってから一番丁寧に調理をした。丁寧に調理をしたから、雑な味付けをしてしまうだとか、そんな自分の『弱点』を克服できていたと思う。
おれの料理から大雑把さが消えたら、超絶お料理スキルの愛が作るお料理の美味さに近付いて行ける。今日の晩飯には大雑把さは少しもない――そんな『確信』がシッカリとあった。
食後。自分専用マグカップを両手で持ち上げてホットなブラックコーヒーをぐいっ、と飲んだ愛が、マグカップを置きつつ、
「あなたが作ってくれた晩ごはんの評価をしてあげる」
とようやく言い出した。
愛は、
「カニクリームコロッケの方には『詰めの甘さ』があった」
と否定から入るものの、
「でも、コーンクリームコロッケの方は完璧だったわ。パーフェクトゲームとまでは行かないけど、ノーヒットノーラン級のお味だったと思う」
と非常に嬉しいコトを言ってくれて、なおかつ、
「わたしのコンディション次第では……同じコーンクリームコロッケを作っても、今晩あなたが作ったコーンクリームコロッケに負けちゃうかもしれない」
と言い足してくれる。
「おれの腕が上がったってコトだろ」
ハッピー気分なおれは言い、
「『腕を上げたわね』って言ってくれたら、すっごくすっごく嬉しいんだけどな~~」
と、ダイニングテーブルを挟んで真向かいに座るパートナーの方に前のめりになっていく。
赤くなって、恥じらって、
「このコーヒー飲み終わったら……ソファの方に移動しましょうよ」
と、パートナーは視線を逸らす。
素直の真反対であり、これはこれで大きな魅力があった。
× × ×
ソファでは愛の方がおれよりも能動的だった。同時に着座した途端におれの左サイドからカラダを寄せてきて、おれの左肩に自分の右肩を濃厚に接触させて、おれの左手を自分の右手でギュギュギュギュッ、と握った。
「ねぇ」
甘えたいキモチに満ち満ちた声を発し、
「今日のわたし、ヘアピン以外だと、どこが『かわいい』って思う?」
と訊いてきたかと思えば、
「ヘアピン以外に『かわいい』トコロを最低2つ挙げて、根拠を付けて説明してよ」
と面倒くささ満点のコトバを言い足してくる。
たしかに性格の面倒くささが滲(にじ)み出ている要求ではあるのだが、こんな風に要求してくるのに対する『備(そな)え』もしてあって、
「分かったよ。根拠付きで説明してやるよ」
と、絶賛密着中のパートナーと約束を結ぶことができる。
戸惑うこともなくおれが約束をしたから、約束をされた愛の方が戸惑ってしまう。おれの左手を握り締める右手に余計なチカラが入っているのが、戸惑いの証拠だった。
『そんなにテンパりやがるなんて、おまえらしくもない弱々(よわよわ)じゃねーか』
ココロの中でそういう風に可愛がって、それから、
「おまえが『かわいい』と思えるトコロ。まず、1点目は――」