蜜柑ちゃんの部屋に入って蜜柑ちゃんの本棚を見ている。棚には漫画本ばかりが敷き詰められている。大半が少女漫画だ。大学のサークル『漫研ときどきソフトボールの会』で鍛えられているから、知っている作品が割りとある。
漫画でいっぱいの棚の手前に腰を下ろし、背表紙を指差し、
「これ読んだことあるのよ」
と、背後のベッドに座っている蜜柑ちゃんに言う。
「これも読んだことがあるわ」
わたしがそう言い足すのが驚きだったらしく、
「愛さんって……意外に漫画に詳しいんですね」
という蜜柑ちゃんの声が背後からやって来る。
「『意外に』は要らないかな」
依然として彼女に背を向けながら、苦笑い混じりにわたしは言う。
「すみません。『意外に』は余計でしたよね。愛さんの趣味嗜好を何だか誤解してたみたいで……すみません」
蜜柑ちゃんが『すみません』を2回も言ったのが可笑しくて、思わず笑い声を出してしまう。
「いいのよ」
と許してあげながら、今度はCDの入った棚の方に眼を転じる。
「あっ。クラシック音楽のCDも棚に入ってるじゃないの。蜜柑ちゃんってクラシックも聴くのね。これこそ『意外』だわ」
数秒の間(ま)の後で、
「お嬢さまの影響なんです。全く詳しくはありませんが。その棚にはお嬢さまの部屋から持ってきたCDも混じっていまして――」
「え、アカちゃんから借りパクなんてするの!?」
わたしが『借りパク』という俗な表現を使ったのが蜜柑ちゃんには驚きだったらしく、
「い、い、いちおう、お嬢さまには、いつも後で謝ってますから」
と言う声には明らかに震えが混じっていた。
× × ×
時刻は着実にお昼時(ひるどき)へと向かっている。ナーバスな状態のアカちゃんはアカちゃんの部屋でそっとしてあげておきつつ、蜜柑ちゃんの部屋で過ごしているのだった。
「アカちゃんの塞ぎ込みは長引きそうね」とわたし。
「ですねえ。あんな状態で卒業も就職もできるのかしら……」と蜜柑ちゃん。
かなり辛口な蜜柑ちゃんだ。
「応援してあげましょーよ。わたし今夜も邸(ここ)に泊まって、アカちゃんの傍(そば)に居てあげるわ。蜜柑ちゃんと2人がかりで元気づければ、3月の卒業式にちゃんと出席できるし、4月から就職先にちゃんと出社できるわ」
本棚を背にしてわたしは語る。眼はまっすぐに蜜柑ちゃんの抜群スタイルなカラダを捉えている。
蜜柑ちゃんは未(いま)だメイド服に身を包んでいない。
「そろそろ着替えないの?」
わたしは訊く。
「そろそろ着替えますよ」
蜜柑ちゃんがすぐに答えてくれる。
わたしには実はとある『たくらみ』があった。
だから、
「そっかぁ……。」
と呟くように言いつつ、ベッドに腰掛ける蜜柑ちゃんの168センチのカラダをより一層まじまじと眺めるのだった。
「……どうしたんですか、愛さん?? わたしをそんなに凝視して」
やや前のめりになる蜜柑ちゃん。若干の狼狽(うろた)えが見受けられる。
「これからあなたはメイド服に着替えるんだけど、メイド服って着るのに時間がかかるみたいね?」
わたしが発する熱い視線を敏感に感じ取ったのか、アカちゃん邸(てい)の住み込みメイドたる彼女は少しだけ眼を逸らしつつ、
「いいえ……。わたしは慣れているので、着替えるのにそんなに長くは」
「そーなんだ」
わたしは言い、
「さすがだな」
というコメントを付け加える。
そして、蜜柑ちゃんのお着替えスキルを褒(ホ)めるだけで終わるつもりなんか毛頭ないわたしは、彼女に向けて自分のカラダをやや傾け、
「だいぶ前のコトなんだけど、蜜柑ちゃんがわたしに『情報』を提供してくれたコトがあって――」
「『情報』……? 『提供』……?」
蜜柑ちゃんは怪訝(けげん)な表情になる。
わたしは彼女の怪訝に構うこと無く、
「あなたのクローゼットには、あなたの体型に見合ったメイド服だけじゃなくて、160センチ前後の女性にフィットするようなメイド服も入ってるそうじゃないの」
蜜柑ちゃんはとってもビックリして、
「わたし、そ、そ、そ、そんなコト……伝えたコト、ありましたっけ?!?!」
「あったのよ」
「ウソでしょ……」
「ウソじゃないわよ。わたしの記憶力をあんまり侮っちゃダメよ」
今の蜜柑ちゃんがあまりにも素(す)の蜜柑ちゃんだからすこぶる面白いのだが、グズグズしていると正午のチャイムが鳴ってしまうがゆえに、
「わたしの身長は何度も言ってるわよね? 160.5センチ。この身長とスリーサイズを考慮するのならば……」
× × ×
アカちゃんがこの冬最高のド派手な驚きを見せた。
「どどどどどどーしちゃったの愛ちゃん!?!? どうしてあなたがメイド服に身を包んでるの!?!?」
わたしは、わたし同様にメイド服着用済みの蜜柑ちゃんの左隣に立っていたのだが、アカちゃんの驚きようが激しいので、彼女の間近まで歩を進めてみて、
「ご奉仕がしたいのよ、あなたのために」
と言った後で、彼女の左肩を右手でぽーん、と軽く叩いて、
「無報酬で全然構わないから、しばらく邸(ここ)でメイドとして働かせてもらうわ」
と宣言する。
「『しばらく』……!? 『しばらく』って……いったい、いつまで居るつもりなの、邸(ここ)に……!?」
「それは未定」
唖然とし過ぎ状態なアカちゃんは、
「わ、悪いわ、あなたに悪いわ、『ご奉仕』と言ったって、あなたにはあなたの生活があるんだし、何よりもマンションでアツマさんとふたり暮らしなワケだし、長期間アツマさんを『ひとり暮らし』にさせるなんて、彼にとっても――」
「そ・こ・ま・で・よ。細かいコトはどーだって良(い)いの」
「なに言うのよ愛ちゃん!? 細かくなんか無いでしょっ!?」
わたしはアカちゃんを即刻抱き締めて、
「落ち着いてくださいよ、『お嬢さま』」
と、蜜柑ちゃんの喋り方を模倣し始め、
「そんなにテンパり通(どお)しだと、お昼ごはん作ってあげませんよ?」
と、面白がりながら、たしなめる。