【愛の◯◯】慰めて癒やして応援したくて、やって来た。

 

午後2時台。秋本モネ先輩のお家(うち)のモネ先輩のお部屋。わたしはカーペットに腰を下ろし、モネ先輩はベッドに腰を下ろしている。

アポ無しの訪問ではなかったけど、わたしが初めてモネ先輩の家に来て初めてモネ先輩の部屋に入ったからだろうか、彼女は緊張がほぐれないみたいだった。俯(うつむ)き気味で、目線がなかなか上がらない。

モネ先輩の髪はわたしより少し長い。ストレートヘアの先端が背中の上部にかかっている。

間近でよく眺めてみると、長めの黒髪ストレートに『乱れている』箇所があるのに気付く。午前中にシャワーを浴びて、ドライヤーもあてずにそのままにしてるんでは無かろうか……という疑念を抱いたりする。せっかくカラダのスタイルもヘアスタイルも良(い)いのに、もったいないと思う。

思うんだけど。

彼女は、モネ先輩は……髪の手入れも放棄せざるを得ないぐらい、苦しい状態に追い込まれている。

わたしの独自推理じゃない。苦しくて、追い込まれている……これは、根拠ありまくりの『事実』だ。

そんな状態の彼女を慰めたくて、わたしはここにやって来た。

コトバを選んで、慰めて、癒やしたい。

とりあえず、まず初めに、

「クッキーを焼いたので持ってきたんですが」

と言いながら、バッグからクッキー袋を取り出して、

「食欲、ありますか?」

と訊く。

もし、お昼ごはんを食べたばっかりだったら、クッキーになかなか手が伸びないのかもしれない。そういった不安要素はある。

モネ先輩は少しコトバを溜め込んでいたけど、やがて目線を少し上げてくれて、

「お昼ごはん、軽めだったから。クッキーは、助かる。ありがとね、タカムラちゃん。わざわざ焼いてきてくれて、クッキー」

感謝されて素直に嬉しい。

しかし、2学年上の彼女は、彼女らしからぬ弱々しい声で、

「わたしには、クッキー焼くなんて、無理。18年間の人生で……何をやってきたんだろうね。不甲斐なくて、情けない」

長ズボンだから、ますます脚の長さが際立っている。長い脚の膝の少し上に彼女は彼女の両手を置いて、縮こまる。

そんなに小さくならなくたって。縮こまらなくたって。

やっぱりモネ先輩は下級生の「お姉さん」みたいなポジションであってほしい。わたしたち後輩よりも「オトナ」であってほしい。もうすぐ桐原高校を卒業してしまうからこそ、オトナびた彼女の姿を眼に焼き付けておきたい。

だけど、今の眼の前の彼女は……わたしよりも、「コドモ」だ。

どうしてあげたら良いのやら。

わたしは考える。考えて、思いついたのは、『この部屋の中で、モネ先輩の元気を少しでも取り戻してあげられるようなモノを探す』というコトだった。

あらためてわたしは部屋を見渡した。

――よく見たら、わたしから見て右側の隅っこの所に某ポケットモンスターのぬいぐるみが置かれているのに気が付いた。

すぐにわたしは立ち上がる。

モネ先輩が大きく驚いて、

「た、タカムラちゃん!? どうしたの」

敢えてコトバを返すこと無く、彼女のベッドの右サイドを突き進み、隅っこ暮(ぐ)らし状態であった某ポケモンのぬいぐるみを持ち上げる。

それから、ベッドの横側から彼女に迫って、

「はい、ピカチュウですよ。」

と、ピカチュウぬいぐるみを手渡そうとする。

最初はためらっていたけど、わたしのキモチに応えてくれて、彼女はピカチュウを受け取った。

イジワルなコトバも必要だと思って、

ピカチュウぬいぐるみ所有してるとか、先輩、ゆとり世代ですか?」

と言ってしまう。

彼女は苦笑い。苦笑いだけど、前向きな苦笑い。

「ゆとりじゃないよ。ゆとりじゃなくても、ピカチュウは好きだよ。タカムラちゃんだってそーでしょ」

まだ弱めな声だったけど、わたしの冗談にツッコミを入れてくれる元気が戻っていた。

 

× × ×

 

胸元でピカチュウを抱きしめ続けるモネ先輩が、

「ごめんね。クッキーは取っておく。晩ごはんの時間になるまでに食べるよ。約束する」

「約束だなんて大げさな。自分ひとりで食べようとしなくてもいいじゃないですか。ご家族にも分けてあげてくださいよ」

「そうだね……。タカムラちゃん、すごい。わたしより2つ年下なのに、わたしができっこない気配りができてる……」

また、先輩は、自虐。

らしくない、んだけど、仕方がない面もある。

だけど、自虐に自虐が重なってますます落ち込むトコロは見たくなかったから、

「――モネ先輩の本棚、あまり大きくはないけど」

と、視線を本棚に移しつつ、話の流れを換えて、

宮沢賢治がギッシリ詰まっていて。……賢治が、ほんとにお好きなんですね、大好きなんですね」

やや間(ま)はあったけど、やがてモネ先輩から、

「うん。わたしが唯一『好きだ』って言える作家」

と言う声が届いた。

「ステキだと思う」

とわたし。

「なにが?」

と先輩。

「好きだって言える作家が存在してるコトが、ステキだって思うんですよ」

わたしはそう答えて、さらに、

「わたしなんてこの先、好きな作家ができるって可能性あんまり無いと思うし。本なんか全く読まないでここまで来ちゃって、この先もたぶん読書の習慣が付くのは見込み薄で」

「……えーっ。タカムラちゃん、わたしだって賢治以外の本は全く読まないんだよ?」

先輩の発言に対し、先輩からは見られないように、わたしはささやかな溜め息をついて、

「でも、わたしみたいに『ゼロ』じゃないでしょ? 愛読してる作家が存在してるってのを、もっと誇りに思ってほしいかな」

タメ口混じりのコトバを彼女に送り届けたわたし。

本棚に注目しているわたしだから、送り届けられた彼女のリアクションは視界に入れられない。

だけど、彼女が何かを言いあぐねているのは分かる。微妙な沈黙が下りる中で、わたしは彼女の今の表情を思い描くコトができている。

タメ口混じりになったのを謝るよりも彼女に対して『したいコト』があるから、一気に向きを換えて、なんともビミョーな表情の彼女を直視する。

「あの、先輩。わたし、先輩を応援したくて、ここに来たんで」

主導権を握り、ベッド上の彼女のスタイル抜群なカラダと距離を詰め、

「激励というか何というか、になるんですが――」

と言った次の瞬間に――彼女のお腹(なか)に右手を伸ばし、ポンッ、と押してあげる。

押してあげてから、手のひらをしばらく、くっつけてあげていた。

予想外のスキンシップをされた先輩は急激に慌て出して、

「たたたたたタカムラちゃん!? なぜに、わたしのお腹、触るのかな!?!?」

イジワルを押し通したかったから、無言。

「わ、わ、わたし……理由、言ってほしいかなぁー、って」

先輩のテンパり具合いに、思わずわたしは笑ってしまう。

そしてそれから、

「理由も理屈もあるワケ無いじゃないですか」

と言い、

「お腹は、あったかくした方が、ゼッタイに良いんだし」

と、明るく言う。