【愛の◯◯】与えてくれたから、今度こそは。

 

昨日の回想。

さやかと2人で作ってあげたお昼ごはんを食べた後、『ねむい……』と呟くように言いながら、弱り切り状態の愛が寝室のドアに歩み寄っていった。

わたしはエプロンを付けたまま、

『ちょっと待ちなさい』

と優しい声で愛の背中に呼びかけ、

『わたしも寝室に入る。今の愛、独(ひと)りきりになっちゃダメだと思うから』

と寄り添うのを宣言した。

ふらつきながらも寝室ドアの手前まで歩み寄っていた愛が、ドアノブに触れる寸前で立ち止まり、わたしの反対側に顔を逸らした。

 

添い寝してあげる、とか言い出したら機嫌を損ねちゃうと思ったから我慢して、ダブルベッドの横に椅子を持ってきて着座し、ベッド上で仰向けの愛の可愛い顔を眺め始めた。

『毛布、要らない? もう1枚あったら、もっと暖まるわよ』

眺めながら訊くわたしに、

『いらない。侑(ゆう)、ゴハン作ってくたびれてると思うし』

という中学入りたての女の子のような愛の声が返ってきた。

『優しいのねえ。わたしに気くばりできる余裕が出てきたみたいね』

『……あるわよ。余裕ぐらい。』

『つよがり~~』

『ゆ、侑っ!?』

『強がりだとしか思えないんだもの』

そう言いながら、長く長く伸びている栗色の髪に、そっと指を触れてみた。

『か、か、かってにさわらないでよっ』

という不平を無視して、サワサワと色鮮やかな髪を撫でてあげながら、

『もったいないわねー。手入れが雑で。週に1度、あなたの長髪の手入れのために来てあげたくなるぐらい』

と言った。

もちろん本心でそう言ったのであった。

だって、誰がどう見たって、雑なんだもの。

 

× × ×

 

試験も全て終了しており、レポートも全て提出済み。卒業論文の口頭試問ぐらいしかイベントは残っていない。

もう幾つ寝ると、卒業式。何を着て式に臨(のぞ)もうだとかあまり考えていない。流石にジーンズ穿(は)いて出席は論外だろうけど。

『普段着じゃいけない場って、人一倍堅苦しく感じちゃうのよね……』

内心で呟きつつ、クリーニングに出す予定のジーンズのポケットを点検する。

昨日も今日もアルバイトは無し。羽根を伸ばせるだけ伸ばせるワケだ。

ただ、どこかに遊びに行くつもりは無く、アパート内で読書したりして過ごそうと思っていた。

そういうワケなので、クリーニングに出す衣服をまとめた後で、本棚に近寄って、1冊の文庫本をつまみ出した。

ジェイムス・ジョイスの『若い芸術家の肖像』という小説だった。

諸々(もろもろ)の都合で作品の詳細等についてはまた別の機会……としておいて、カーペットに仰向けに寝転がり、天井に差し出すように文庫本を持ち上げて読み始めていく。

我慢強いわたしでも1時間近く経つと持ち上げ続ける姿勢が苦しくなり、読むのを中断して横向きになる。

横向きにごろり、の姿勢でスマートフォンに手を伸ばして引き寄せようとしたら、スマートフォンが振動すると共に画面で着信を知らせてきた。

【新田くん】

この4文字が画面に表示されている。

嬉しくなって、スマホに向かって這い寄っていく。

 

× × ×

 

嬉しさは、通話が終わっても持続していた。さほど中身のある会話をしたワケでも無いのに、胸の辺りに感じる温かみは全く冷めなかった。

つまり、『会話をした』という『事実』だけで、わたしの胸は何かが溢(あふ)れんばかりに満たされていたのだった。

こんな想いをするのは久しく無かった。いつ以来だろう。思い出せないぐらいに久しぶりだ。

あるいは、『これ』は初めての感情なのかもしれない。

今までわたしがつきあってきた男の子から与えられた感情とは、別種なのかもしれない。

例えば、高校時代に、彼氏だったと言える存在が、2人居たんだけども。

新田くんがプレゼントしてくれる感情は、高校時代の2人とは、違うモノ。

手放したくない。

今度は、今度こそは、リリースしたくない。キャッチできているって、確かな感触があるんだから。

……だらしなく寝転び姿勢で想いに浸っていたけど、両手を突いて起き上がる。タンスの上の2か月分のカレンダーに眼を凝らす。

2月14日の升(マス)はもう赤ペンで大きく囲まれている。

昨日のわたしやさやかの貢献のお陰で愛も復調したことだし、甘くて美味しいチョコレートの作り方を近日中に教えてくれるだろう。

 

2月14日を意識し過ぎて気が逸(はや)る。新田くんのためにも落ち着かなければならない。だからわたしは、ベッドに腰掛けて、深呼吸をする。

こんなに、新田くんに対して、優しいキモチになれるだなんて、思ってもみなかった。

これまでの軋轢(あつれき)や衝突は、もはや記憶の彼方に消えていく寸前だ。

彼の方は、どうだろう? わたしの方が強く当たり過ぎていたから……時々(ときどき)は、苦い過去を想い起こして、辛くなっちゃったりもするのかな?

辛くなっちゃったりもするのなら、申し訳ないな。

わたし以外に誰も居ないワンルームだけど、恥ずかしくなって、かつ、申し訳ないキモチになる。

たぶん、今のわたしの顔を鏡で見たら、持ち前の気の強さとかが全部抜けたような表情が映ってしまうと思う。

でも、それも、しょーがないわよね。

わたし、そんなに、強い女の子じゃないんだから……。