愛が、ヘナヘナになって、ソファの上で小さく丸まっている。両方の足の裏をソファの座面(ざめん)にくっつけ、両方の膝(ひざ)を抱え込んで縮こまっている。いつもの勢いは微塵(みじん)も無い。弱っている。
栗色の髪色が鮮やかなのは良(い)いのだが、長い長い髪は明らかに梳(と)かし切れていない。長髪の先端辺りの部分が両膝にひっ付いているが、オトコのおれの眼から見ても、手入れがあまり為(な)されていないのが分かってしまう。
全体的に弱々しい。長髪の手入れ具合に代表されるように身だしなみも雑だ。要するに、おれのパートナーがピンチな状態なワケである。こういった状態もそれはそれで可愛いのではあるが、『可愛い』だなんて悠長に思っているヒマはそんなに無い。
「愛」
ヘナヘナでダメダメなパートナーに呼びかけ、
「さやかさんと侑(ゆう)ちゃんが、せっかく助けに来てくれてるんだ。甘えてみろよ」
「……あまえる?」
丸くなって縮こまって沈み込んでいる愛が、フニャフニャな声を出す。
「ああ。こんな時こそ、頼もしい親友に甘えて寄りかかるべきだ」
出勤間近のおれの背後には、愛の頼もしき親友女子2人が立っている。
その2人におれは振り向き、
「朝早くから助けを求めてゴメンな。帰ってきたら、絶対に『ごほうび』をプレゼントしてあげるから」
と約束する。
「楽しみです」
さやかさんが力強く言ってくれる。
「期待してます」
元気に強く明るく侑ちゃんが言い、ソファ上のダメダメな愛に歩み寄り、愛の左肩に右手をそっと置き、
「アツマさんがお仕事で心細いだろうけど、わたしたち2人がなんとかしてあげるから、大丈夫よ」
と優しいコトバを添えてくれる。
× × ×
日曜までは良かったものの、とても悪い夢を昨晩見てしまい、夜中に覚醒してしまってからずっと眠れなかった。
そんな愛がスマートフォンをぽちぽちしている音でおれは眼が覚めた。数秒後には、一心不乱にスマホを操作している愛に異変が生じているのに気が付いた。
おれは愛のスマホをひょいっ、と引ったくり、引ったくられて呆然とした顔になっている愛を目がけて、できるだけ温和に『眠れなかったんだな?』と問いかけた。
× × ×
おれが出勤してから10時間後の愛は、ソファの上で俯(うつむ)いてはいながらも、両脚は座面ではなくフローリングの床に密着していた。
ちゃんとソファに座れている。自分で自分の身を包んだりもしていない。朝同様にパジャマ同然の身なりではあるが、回復傾向にあるのは明白だった。
「ただいま。」
ゆっくりとはっきりとおれは「ただいま。」を言った。愛の目線が徐々に上がっていく。
「おかえり……」
頑張ってコトバを返してくれる愛を見守っているのはおれだけではない。後方のダイニングテーブルにさやかさんと侑ちゃんが向かい合って着席している。
不調を癒やし、不安を解きほぐしてくれた。やっぱり頼もしき親友女子コンビであった。
「言えるか? 『ありがとう』を」
おれは愛に問う。
「一日じゅうおまえを看(み)てくれてたんだ。2人が帰宅するまでに、感謝をしないとな」
もちろん厳しい口調では言っていない。優しく促すように言う。
パジャマ同然の身なりであるが故(ゆえ)に幾分コドモっぽく見える愛が、ゆっくりと腰を上げていく。
そしておれの前に立ち、下目がちのままに、
「さやかと侑に『ありがとう』を言うのは、当たり前。……なんだけど、さやかと侑に言う前に、あなたに、言いたいの」
「おいおい、目的語が無いぞ」
コドモっぽくて可愛いパートナーは少し不機嫌そうになり、
「目的語ぐらい、自分で補ってよ」
と言うけれども、
「……わたしが言いたいのは、つまり。わたしの不眠や不調や不穏や不安に気付いてくれて、ありがとう、ってコト。あなたじゃなきゃ、気付けなかったもの」
と言ってくれる。
感謝の一方で、
「迷惑かけて、ゴメンナサイ」
と謝ってくるから、
「迷惑だとか、思っとらんよ」
とコトバで温めてやったら、
「あしたからは……通常営業に、もどるから」
と言いながら、おれのカラダに向かってカラダを傾けてきた。
× × ×
ここまで柔らかい感触のスキンシップは久々だと思ってしまった。
頭部をおれの胸にくっつけてきた瞬間、『ほみゅ』みたいな擬音が出てくるような感じがした。
……まぁ、そういった実感を振り返ったりするよりも、おれには『やること』があったりする。
おれにベタついた後の愛は、
『しばらくゴロゴロしたい。さやかと侑が帰る時になったら呼んで』
とワガママなコトを告げ、寝室に入っていった。
「ったく。あいつは365日素直じゃないんだもんな」
寝室に入室する愛を見届けた後、ダイニングテーブルのさやかさん&侑ちゃんの方角を向いて立ち、愚痴(グチ)っぽく言う。
「アツマさんだからこそ、身に沁(し)みて理解してるんですよね」
そうコメントしたのはさやかさんの方だ。
「寄り添っているから、愛が365日素直じゃないのが、心から実感できる。できるが故に、いちばん適切な対応が取れる」
さやかさんはそう付け加える。
「まーな」
おれは応えつつも、
「だけど、きみたちが駆けつけてくれなかったら、愛を元に戻すには、もう少し時間がかかってたよ」
と言い、
「サンキューな、2人とも」
と感謝する。
「どういたしまして、なんですけど」
やにわに侑ちゃんが立ち上がり、
「わたし、『ごほうび』の中身が、早く知りたくって」
と、笑顔で期待を示し、おれに一歩(いっぽ)歩み寄る。
「急(せ)かしてスミマセン、ですけども」
笑顔に照れを混じえつつ、おれが買ってきた『ごほうび』に多大なる期待を寄せる。
さやかさんも侑ちゃん同様に立ち上がり、
「アツマさん、帰ってきてすぐに、冷蔵庫に何か入れましたよね!? 食べ物ってコトですよね!? 『ごほうび』の正体、わたしも早く知りたい」
と、ワクワクしながらおれの前に歩み寄る。
左斜め前に侑ちゃん、右斜め前にさやかさん。
焦(じ)らす理由も無いので、
「洋菓子だ。『スイーツ』と言うよりも、『洋菓子』と言った方がしっくり来る。そんな老舗の味だ」
「お店の名前は!?」
キラキラ光る星のように眼を輝かせて迫ってきたのは侑ちゃんの方だった。
おれは店名を告げた。
『ヤッター!!』
2人の喜びの声が折り重なった。
侑ちゃんはさやかさんを、さやかさんは侑ちゃんを見つめて、満面の笑みを交わし合う。
女子高校生の如(ごと)き喜びようであった。