熱燗(あつかん)の徳利(とっくり)が早くも3つめになってしまった。
お猪口(ちょこ)を摘(つま)みながら、
「なんか悪いですね、ミナさんも熱燗でホントに良(い)いんですか? 無理してわたしに合わせなくたって。ビールだとか、好きなのを飲んでも……」
しかし、高輪(たかなわ)ミナさんは、
「熱燗が良いんだよ。寒さが極まってる感じするし、カラダあっためたいんだ。熱燗は、うってつけ」
と言い、わたしのお猪口に自分のお猪口をトン、と当てるのだった。
サークルOGの高輪ミナさんとの『サシ飲み』なのである。
仕事帰りのミナさんからは『くたびれ』のようなモノが感じられた。現役・OBを問わず、サークル関係の男子の愚痴大会になるかもしれない……そんな予感もした。
ただ、サシ飲みは静かに始まった。熱燗を静かにチョビチョビと飲んでいるミナさんであった。男子の愚痴はなかなか出てこなかった。彼女が愚痴を出さないので、わたしも愚痴を出さない。予想に反して、あまり盛り上がっていない。そこが少し物足りなかった。
3つめの徳利がほぼ空(から)になった。わたしが熱燗を追加オーダーするのを余所(よそ)に、ミナさんは小鉢の塩辛を箸で小さく摘み、口にした後でくいっ、とお猪口の中身を飲み干した。
彼女がお猪口を置くのと同時に、
「ミナさん。――郡司(ぐんじ)センパイとは、会ったりしてるんですか?」
「おっ」
わたしの問いに彼女は素早く反応し、
「いきなり攻めてきたね、羽田さん」
わたしは動じず、
「だって、気になるんですもの。ミナさんが幹事長で郡司センパイが副幹事長の体制だったじゃーないですか。あの頃のコトが、まるで昨日のコトのように――」
「アハハ」
明るく笑って前・幹事長は、
「会うことは会うけど、会っても『ドライ』だよ。郡司くんと湿っぽいやり取りとかしたくないし」
「湿っぽい?」
「ご存知の通り、彼とは高校以来の『腐れ縁』でしょ? いい加減にお互い『自立』していくべきなんだと思うの。依存し合ったりするのは、何だか違うって思って」
フム……。
「哲学書より難解なコト言うんですね、ミナさんも」
半分以上本気で、現・幹事長たるわたしは言う。
「ウソぉ」
と言いながら微笑(わら)うミナさん。
ここで、4つめの徳利が運ばれてきた。
わたしが手を伸ばしたら、ミナさんに奪われてしまった。どぼり、とお猪口に熱燗を注(そそ)ぎ、一気に飲む。まるで、男勝(おとこまさ)りの飲みっぷりだ。
ごん、と強めにお猪口を置いたミナさんは、
「わたし、郡司くんなんかよりも、現・体制の副幹事長の『彼』が気になる」
おおーっ。
これはこれは。
「――脇本くんを追い詰めていく流れですか」
「ヤダなー羽田さん。ワッキー、この場には居ないじゃん。『追い詰めていく』ったって、ワッキーの実体が無きゃ意味無いよ」
「呼んでも良いと思いますけど? どうせ彼、ヒマだろうし」
「ダメダメ。羽田さんと『サシ』じゃなきゃ意味無いの」
牛すじ煮込みに七味唐辛子をばんばん振りかけながら、ミナさんは、
「ワッキーって、まだ、自分のポストの後任を決めかねてんの??」
すぐにわたしは、
「決めかねてますね~。優柔不断も、あそこまで来ると、どんなモノかなぁ……って思っちゃいます」
彼女は満面の笑みで、
「卒業間際の土壇場で、副幹事長の引き継ぎも円滑にできない。こんなコトじゃ、この先、苦労の連続だろうねえ」
わたしはミナさんに『合わせて』、
「ですね~~。彼、自分の仕事がちゃんとできない上に、周囲の女の子との交(まじ)わりに関しても、いい加減なトコロが目立っちゃってるし。せっかく、同じ独文(どくぶん)専攻の仲の良い女の子や、古書店のバイト仲間だった女の子が居るってゆーのに……!」
ミナさんは牛すじ煮込みを取り皿に取る。それから、牛すじ煮込みが入った皿をわたしに向けて差し出す。七味唐辛子を大量に振りかけたおかげで、激辛煮込み料理のように見える。
この牛すじ煮込み同様に非常に辛口になって、
「ワッキーは、これからも、身近な女の子との◯◯なチャンスを逃しまくるんだろうね。もう、手の施(ほどこ)しようも無いや」
と、ミナさんは、断言。
× × ×
「――新田くんはちょっと違うんですよ。手の施しようが無くなる寸前で、踏みとどまったんです」
5つめの熱燗の徳利。冷酒(れいしゅ)を挟んで変化をつけても良かった。でも、もはや、日本酒の飲み方だとか細かいことは気にしなくなって。
『踏みとどまったんです』と、あったかいお猪口を口に近付けていきながらわたしは言った。『踏みとどまったんです』という言い回しにキモチを込めた。
「おおおおぉ!?」
やっぱり、ミナさんは激しく反応する。
「アレでしょ羽田さん。アレだよアレ、絶対。アレがああなってアレになったってコトなんでしょ!?」
「ミナさぁ~ん。指示語ばっかり連発しないでくださいよ~~」
ツッコミを入れるんだけど、わたしは、
「これから具体的に説明してあげるんですからぁ。盗み聞きしてるヒトなんて居るワケ無いんだから、かなーり生々しい描写も、混ぜられる……」
「――アダルティな。」
「わたし22歳ですよ。オトナのオンナなんです」
「ものすごい成長ぶりだ☆」
「もっとホメてください☆」
とっても前のめり姿勢になったミナさん。
わたしの顔に自分の顔を接近せんとするが如(ごと)き勢いで、
「新田くんの、大井町(おおいまち)さんとの、『濃厚』な『現場』を……いったい何回、羽田さんは目撃したのかな!?」
大興奮のミナさんの問いに対し、わたしは背筋をピーンと伸ばして、
「1回だけです。残念ながら」
と答えるんだけども、
「目撃はたった1度だけですが、わたしは想像力豊かなので――新田くんと侑(ゆう)の『進展』や『発展』の『過程』についてなら、向こう1時間は、克明に説明するコトができます」
「……やるねえ。やるもんだねえ。羽田さんも」
前のめりも満面スマイルも持続しているミナさん。向こう1時間は持続するだろう。
克明に説明してしまう代わりに、侑には今度の機会に『なんでもしてあげる』。
……そう固く誓って、超・興奮状態のミナさんの眼に、自分の眼をドッキングさせる。