八木からは昨日『急遽仕事が入った』って連絡が来て、葉山は当日になってドタンバキャンセル。
せっかく戸部アツマくんの実家の邸(いえ)で女子会しようと思ってたのに……とガッカリしていたんだけど、アカ子さんが同日に戸部邸に行く予定になっていたのが判明。これなら、戸部邸でアカ子さんと一緒になって、アカ子さんと女子会ができる。
アカ子さんとの距離はどんどん詰まっていた。もともと中学高校大学が同じだったんだから、『お近づき』が遅過ぎるぐらいだったんだけどね。
で、日曜日の昼過ぎ、ほとんど同時刻にお互い戸部邸にやって来たわけなんである。
「アカ子さんはお昼食べたー?」
巨大リビング付近のテーブル前の椅子に着座していたわたしは訊く。
来たばかりのアカ子さんは立ったまま、
「はい。すませました」
わたしは指を組みながら、ほんの少しのイジワルを交えて、
「すませたけど、まだ食べ足りないんじゃないの?」
アカ子さんは驚きの表情になり、
「小泉さん!? わたしが大食いキャラクターなのを、いったいどこで……」
「知らないわけ無いじゃん。たぶん、アカ子さんの想像以上に拡散してるよ」
立ったまま困惑の彼女に、
「明日美子さんがね、さっき玄関で、『ドラ焼きをたくさんもらっちゃったのよ。ふたりで消費してくれると嬉しいわ。特にアカ子ちゃんなら、一箱か二箱はペロリといけちゃいそうよね。わたし、アカ子ちゃんのそういうところが心強いの』って」
明日美子さんは戸部アツマくんと戸部あすかちゃんの兄妹のお母さんで、この邸(いえ)の主(あるじ)。
× × ×
アカ子さんと隣同士で超大型液晶テレビを見ている。右隣のアカ子さんは盛んに手を動かし、口を動かしている。『ドラ焼きを無限に食べてますよ状態』なのである。お嬢さまだけど、胃袋がブラックホール。
胃袋がブラックホールだなんて彼女に直接言えるわけもなく、微笑ましいキモチでもって食べっぷりを横目で見ているだけだ。
彼女が12個目のドラ焼きを胃袋に放り込んだ時、テレビに自動車のCMが映ったので、液晶画面に視線を集中させた。アカ子さんファミリーの経営する自動車会社のCMだったのである。
「BGMがいいねえ」
筋金入りのテレビオタクのわたしは評論家のモノマネみたいに言う。
「……そうでしょうか? 試写の時から、『BGMのセンスがいま一歩』という印象を受けていたんですけれども」
「アカ子さんはやっぱし、ひと味もふた味も違うんだね。わたしと比べたら音楽的才能が段違いなんだし。聴く耳が違うんだな」
15個目のドラ焼きを口に持っていこうとする彼女の手が止まる。きっと照れているんだろう。
「というか、試写の場に立ち会ってたんだね。社長令嬢なんだもんね」
わたしがそう言ったら、食べる寸前だった15個目のドラ焼きを、無言でわたしの右手のひらに乗せてきた。
「え、食べなくてもいいの? 区切りの15個目なのに」
顔を赤らめ、早口で、
「わたしはしばらく考えに耽(ふけ)りたいので、小泉さんが食べてください」
「耽りたいほど考えがあるんだ」
「……いろいろと」
× × ×
社長令嬢の立場が、いろいろな意味で彼女を物思いにさせるらしい。
その物思いが可愛くって、右隣の彼女との距離をさらに詰めてみる。
それから、
「ねえねえ。気晴らしに、利比古くんを呼んでみたくない?」
「利比古くんを!? どうして……」
「利比古くんと遊ぶんだよ。遊んだら、社長令嬢ゆえのモヤモヤも、きっとスッキリするよ」
「……遊び道具みたいな扱いですね。ハンサムでイジり甲斐のある年下の男の子とはいえ」
「アカ子さんも『イジり甲斐がある』って思ってるんだ」
わたしの指摘を受けて、彼女が不服そうな眼つきになる。
しかし、強めの流し目が、だんだんと柔らかくなっていって、それから、整った顔立ちに微笑みが生まれてきて、
「……呼ぶとしたら、どっちが彼のお部屋のドアを叩きに行くんですか?」
「ジャンケンしよーよ。先に2回負けた方が、彼の部屋への階段をのぼるってことで」
× × ×
「ヤッホ〜〜。戸部アツマくんの恋人の羽田愛さんの弟で、4年前からこの邸(いえ)に居候している利比古くん」
やって来たばかりの利比古くんは例のごとく面食らい、
「その説明ゼリフはいったいどういうことなんですか? 小泉さん」
「どういうもこういうも無いよ」
いったんコトバを切ったわたしは、眼を細くして、困惑の彼を見据えながら、
「――すでに楽しいよね」
ハンサムなのに彼の口は半開きになってしまう。わたしの楽しさが不可解であるような面持ち。まぁ仕方が無いか。
階下(した)にはアカ子さんが連れてきた。彼女はわたしの右隣に戻ってきている。
「いきなり階下(した)に呼んで申し訳ないんだけれど」
アカ子さんはそう言ってから、必殺のお嬢さまスマイルで、年下の男の子たる利比古くんに、
「とりあえず、ソファに座ってちょうだいよ」
と、ウキウキとした気分に満ち溢れた声で要求する。
年上の女子の言うことをすんなり聞いてくれる彼は、アカ子さんから見て右斜め前のソファに静かに歩み寄り、静かに腰掛ける。
彼が着座した直後に、アカ子さんはドラ焼きを1個手に取り、彼に渡して、
「ドラ焼きがあと少し残ってるんだけれど」
と言ってから、不敵な笑みでもって、
「利比古くんは、ドラ焼きに合うお酒だとか、思いつくかしら?」
一気に唖然となり、
「と、突然アルコールのお話ですか!? アカ子さん」
と叫ぶように言い、そして惑いながら、
「ぼく、ハタチになったばかりで、アルコール飲料のイロハも知りませんし……」
「わたしはこのドラ焼きにジャストフィットするアルコール飲料を知ってるのよ?」
アカ子さんは自信に満ち溢れた声で言い、
「といっても、今は呑まないでおくんだけれど。社会常識が優先だものね……」
と、しっとりとした笑顔になりながら。
利比古くんはすっかり縮こまって、渡されたドラ焼きを口に持っていき、モグモグし始める。彼の萎縮ぶりが、わたしも可愛いと思ってしまう。
いつの間にかソファ前のテーブルにはペットボトル緑茶が置かれていて、利比古くんがそれをゴクゴクと飲む。
ペットボトルを置いた直後に、
「テレビは見なくてよろしいんですか?? アカ子さんも小泉さんも」
今度はわたしの方から、
「テレビに逃げ場所求めちゃダメだよ〜、利比古くん」
彼は青い顔になって、
「て、て、テレビをつけているからには、何かしら見たい番組があるはずなんであって……。そうじゃないんですか!? おふたりは」
「利比古くぅん」
試すような声でわたしは呼び掛け。
「テレビに逃げ場所求めちゃダメって言ったけど、あれはやっぱ取り消す」
そう言ってから、ジワァッと超大型液晶画面に視線を寄せるわたし。
わたしと彼は『テレビ』という点で趣味を共有しているんだし、彼のテレビ好きとしての『実力』を試してみたいキモチもあって、
「この超大型テレビ、地上波だけじゃなくて、100ぐらいのチャンネルが視(み)られるんだよね?」
「……ハイ。その通りですが」
答える利比古くんに、
「ねえ、キミが『今、いちばん面白い』と思うチャンネルに選局してよ」
「ぼくが!?」
「キミが」
「……」
押し黙り、弱々しい目線を超大型画面に送る彼。
悩んでいるから、可愛がりたいキモチが止まらなくなる。
そういうキモチが止まらなくなってるのは、アカ子さんだって同じはず。
……そして、やがて、利比古くんはボショッと、
「リモコンをください。チャンネル番号入力するんで」
アカ子さんの手前にリモコンがあったので、彼女が彼にリモコンを持っていった。
彼女はわたしに背を向けているけど、この上なくニコニコしているのが簡単に想像できる。
わたしも、夕方までずっと、ニコニコしてしまうのを止められそうにない。
幸せ気分。