【愛の◯◯】にっくきサークルOGが取れないCD

 

仕事が奇跡的にお休み!! というわけで、母校の学生会館へ。所属していたサークルに久々に顔を出す。「MINT JAMS」というサークル名で、音楽鑑賞がメインの活動。

後輩に会うのが楽しみだなとワクワクしながらドアを開けた。笹田(ささだ)ムラサキがそこには居た。おれの最愛の後輩男子である。小柄で童顔。そしてボーイソプラノ。「最愛」の2文字にやましい意味はもちろん無い。ムラサキと会えるのが、ただ嬉しい。

「アツマさん!! お仕事、お休みなんですか!?」

「おうよ」

「嬉しいです!! 来てくれて!!」

「へへへ」

ニッコリとなりながら椅子座りのムラサキを見る。音楽雑誌ではなく絵本らしきものを読んでいた。ほほお。

おれは真向かいの椅子に腰掛け、

「アレか? それ、茶々乃(ささの)さんに読めって言われたんか?」

「よく分かりましたね。彼女に押し付けられたんです」

紅月茶々乃(こうづき ささの)さんは隣の児童文学サークルの幹部で、ムラサキの同期である。

「律儀だなー、おまえも」

「昨日のぼくとは違うので」

「オッ」

「以前は、本を貸されても、読まずじまいになってしまったこともありました。でも、それじゃダメだと思って。貸された本から逃げないと決めたんです。読まずじまいだと、貸した方が傷つきますし」

偉いね〜。

これがまさしく、「成長」というやつなのだな。

こんなに成長している大学4年生なのに、なんで進路が決まってないんだろうか。お兄さん、そこが気がかりだぜ……。

 

ムラサキを絵本読みに集中させ、絵本が読み終わった後で、互いの近況を報告する。ムラサキの進路の話題は慎重に避ける。

「そっかそっかあ。自分の好みをそれぞれに突き詰めてる感じなんだな」

「ハイ。鴨宮くんなんか、ぼくより400倍ジャズに詳しくなってるんです」

「その400倍って数字に根拠あるん?」

「無いです。フィーリングです」

お互いに苦笑い。

苦笑いの後で、ムラサキが、

「ところで、ですけど――」

「お、なんだ? もしかして、おれの同居人のことか??」

「ハイそうです、愛さんのことです。彼女、先々週ぐらいから、とっても幸せ気分なんじゃないですか??」

「流石に分かるかー。分かるよな。あいつがリアルタイムで初めて経験した『日本一』なんだからな」

「横浜DeNAベイスターズ

「おうよ」

「狂喜乱舞してましたよね、絶対」

「とーぜん。このブログの制作体制の関係で、今日に至るまでベイスターズ日本一に言及できなかったわけだが」

「アツマさ〜ん。『このブログの制作体制の関係で』とか、いちいち言わなくったって」

「一応だ、一応」

ここで、ノック音。

誰だろうか。後輩の子がいいな。川口小百合(かわぐち さゆり)さんとか、1年生のフレッシュな会員の顔も見たい。

……そんな期待の一方で、そこはかとなくイヤな予感もするんであるが。

 

× × ×

 

イヤな予感の方が的中してしまった。現役生ではなくOGが入室してきた。八木八重子(やぎ やえこ)。おれと同じ年度生まれで1年度遅く大学を卒業した女が、男子2人の前に立ちはだかる。

というか、

「おい八木、早く座れや。立ちはだかり続けてないで」

「ヤダ」

「おいっ」

「戸部くんが変なこと言うから、座る気無くしちゃった」

「アホか。おれは変なことなど言っとらん」

「また関西弁風味な罵倒の仕方……。先が思いやられるよ」

わざとらしくこめかみに指を当て、椅子に座らず、CDの敷き詰められた棚に移動。

CD棚とニラメッコを始めた八木に対し、

「おい、ムラサキに酷いコトバ言ったりするんじゃないぞ。おまえは如何にもムラサキを叩きそうで怖いんだ。叩くってのは、コトバの暴力な。完全アポ無し訪問かつコトバの暴力だなんて、地球上の人間の中でいちばん最悪だぞ」

「戸部くん!! 誇張表現!!!」

うるせぇ。棚に向かって叫びやがって。

「戸部くんだって、アポ無し訪問には変わりないんじゃん!!」

「違う。おまえのは『完全』アポ無し訪問だが、おれのには『完全』が付かない」

「ハァ!?」

右脚でドォン!! と床を踏み鳴らす八木八重子がそこには居た。

小柄なカラダに似つかわしくない右脚のチカラだ。

 

× × ×

 

……さて、150センチ前半と思われる小柄な八木が、CD棚の上方を見上げたまま、コトバを発しなくなった。

もしや。

八木八重子の背中に向けておれは、

「まさか八木おまえ、高いところにあるCDが取りたいとかなんか?」

右拳をギュッと握り締めた八木は、

「なんで分かるの。おかしいよ」

あのなーっ。

おれは、嘘偽り無い親切心から、

「おまえだけでなくムラサキの身長でも届かん場所のCDなんだろー? おれにさっさと頼みゃーいいのに」

しかし、バカなOGは、おれの親切心を裏切るように、

「頼まないよ。わたし、必死で考えてるの、自分だけのチカラで目当てのCDを取り出す方法」

「椅子の上に立つとかか?」

「なんで分かるのかな。キモイね」

心外な……!!

「……なぁ、八木よ。おれは許さないぞ、椅子を使ってCDに手を届かせることなんざ」

「意味わかんないよ。椅子を使って何がダメなの」

理由を答えず、おれはおれのパイプ椅子から腰を上げ、CD棚間近の八木に急接近する。

八木の右横。ほとんどゼロ距離まで迫られたのが恐ろしかったのか、

「ど、どーしたの戸部くん。意味不明な発言に加えて、意味不明な行動……」

怯え気味の左横の女に構わず、

「おまえも社会人になったんだから分かるはずだ。自分だけでなんでもこなすんじゃなく、時には他人に頼るのも、社会人にとっては大事なことだ」

「せ、せ、説教は、ペナルティ」

一切構わず、CD棚を見上げる。そして、

「早いとこ言え、取りたかったCDのタイトルを」

一瞬ためらってから、もじょもじょと何か言う八木。

「聴こえないぞー?」

「……」

「おーーーい」

「……オアシスの、『モーニング・グローリー』」

「まーた、オバサン趣味な」

「ばばバカっ、なぐるよ!?」

おれは何の苦労も無く、オアシスのセカンドアルバムをひょいっ、と抜き取る。

それから、

「アレなんだよな、いささかオバサン趣味だが、オアシスの再始動が嬉しいんだよな、おまえ」

と、お望みのCDを笑顔で八木に手渡しする。

『ありがとう』も言えない八木。

どれほど俯いたとしても、顔の紅潮を絶対に隠すことはできない。

そういうチョロさがあるのはインプット済みだったので、微笑ましく、八木八重子の狼狽ぶりをおれは味わうのである。