【愛の◯◯】部屋とタイキシャトルくんとわたし

 

「……そっか。馬券の買い方を変えてみたら、収支が安定するようになったのね」

ビデオ通話。お相手は中村創介(なかむら そうすけ)くんである。福岡県在住の彼と絶賛競馬トーク中。

「わたしも収支を安定させてみたいわ。ドカーンと回収できる日と何にも回収できない日の落差が激しいんだもん」

「でもその分、大きく回収できた時の喜びが凄いんでは? ドーパミンというか何と言うかで」

「そうねドーパミンね。いいこと言うわね、創介くん」

褒めてあげておいて、PC画面に向かい少し前のめりになり、ジワァッと彼に微笑みかける。

それから。

「唐突だけど、訊きたいことあるの」

「何をですか、葉山さん? 何だか抜き打ちチェックみたいだなぁ」

「抜き打ちチェックとは少しズレるけど。……ねえ、あなたは競馬以外だと、どんな時に喜びを感じる?」

「競馬以外で?」

「そうよ。万馬券獲(と)るのとは比べられない質の喜びだとか」

「んー……。難しいな」

「わたしの見立てだと、あなたのとても身近に、喜びは存在してるはずなんだけどな」

「とても身近に?」

あれれ。今日の彼、ニブいわね。中央競馬開催日だから、もっとシャキッとしてると思ってたけど。

彼をシャキッとさせるため(?)に、わたしはこう言った。

「わたしが言う『喜び』ってのはね、マオちゃんのことよ。あなたは福岡、あの娘(こ)は東京。遠距離だから、電話で声を交わし合うだけで、とっても嬉しくなるんでしょう? 年に何回かリアルで会える時は、嬉しいってレベルじゃなくなるんだと思う」

創介くんが後頭部をポリポリ掻く。そしてうつむき気味になる。

しばしの彼の沈黙。その後(あと)で、遠慮気味に、

「嬉しがるのは主にマオの方で。おれ、嬉しさを素直に表現するのが苦手で……。せっかくリアルで会っても、『もっと楽しそうにしてよ!?』とか、怒られてしまうのが恒例になっていて。それで……」

 

× × ×

 

それからは人生相談になった。人生相談と言うよりも、恋愛相談と言った方が適切かしら。

距離が大きく離れてるとツラいわよね。いちばん大切な男の子が湘南に住んでるわたしは恵まれてる。今日だって行こうと思えばすぐに辿り着けるんだし。

 

有意義だったビデオ通話は終わった。床座りのわたしはPCを置いていた横長のテーブルの位置をずらし、あらかじめベッドの上に載せていたお馬さんのぬいぐるみを引き寄せる。

ギュッと抱いたぬいぐるみのモデルのお馬さんは、タイキシャトルという競走馬だった。泣く子も黙るJRA顕彰馬である。

破竹の勢いでマイルG1や短距離G1を立て続けに制し、さらには欧州のG1までも勝利する偉業を達成。帰国後の1998年マイルチャンピオンシップワンサイドゲームでぶっちぎり、『これが世界の脚だ!!』と実況に言わしめた。

もっとも、それまで超カンペキな成績だったのに、次走の引退レースのスプリンターズステークスで3着に凡走しちゃうんだけどね。

「肝心な時に出し切れない実力。あなたは牡馬だけど、引退レースでチカラを出し切れないところとか、イザとなると失敗しちゃう女の子みたいで可愛い。例えば、大学入試の時、得意科目のはずの国語で思うように点数が取れなかった女の子みたいな……」

タイキシャトルくんを相手にヒトリゴト。長過ぎて、最早ヒトリゴトってレベルじゃなくなってる。

タイキシャトルくんを優しく見つめてみる。わたしオリジナルの『母性本能』で、タイキシャトルくんを胸(むな)もとまで持っていく。

ギュッと抱き締めて、その場に仰向けになる。天井が見える。

……その時だった。

わたしが完全に仰向け姿勢になると同時に、ノック無しで部屋の扉がオープンした。

びっくりして横目を向けると、わたしのお母さんが立っていた。

「ハロー、むつみ」

お母さんはニコニコとわたしに呼びかける。

わたしは顔面に物凄い熱を感じて仰向けのまま固まってしまう。

娘のお馬さん趣味を、お母さんはとっくに熟知している。

だけど、今のわたし、98年スプリンターズステークスで3着に敗れたタイキシャトルくんよりも……恥ずかしいキモチになっちゃってる。