【愛の◯◯】勉強もそこそこに後輩を呼んで◯◯

 

生物の教科書を閉じた。背伸びをしたりして、強張(こわば)ったカラダをほぐす。それから、右腕で頬杖をついて、左隣の羽田愛さんに視線を送り届ける。

「羽田さん、この部屋寒かったりしない? もし寒いのなら、エアコンの設定温度を上げて、もっと暖かくしましょうか」

「平気ですよ。一気に冬が近付いた感じはしてるけど、これぐらいなら耐えられるんで。むしろ、センパイのカラダが冷えちゃう方が心配、お誕生日を前に体調を崩しちゃったりしたら大変だし」

お誕生日、か。

「お誕生日といえば、昨日のあなたのバースデーパーティーは最高に楽しかったわね。朝から晩までひっきりなしに人が来て、わたし初対面の人ともいっぱい話すことができたし、すこぶる有意義だったわ」

昨日わたしより1週間早くバースデーを迎えた羽田さんが眼を丸くする。

「あの、えっと……。わたしは、センパイが冷えてるんじゃないか、センパイこそもっとあったまった方がいいんじゃないかって……」

「わたしなら大丈夫よ」

「で、でもっ!」

「昨日のパーティーの興奮が持続していて、ココロにもカラダにも熱がこもってるし、冬が近くても調子になんの問題もないわ」

だから、

「休憩時間を短縮しましょうよ。今の調子なら次の勉強にすぐに取りかかっていける。せっかくあなたが心強い『家庭教師』としてわたしの家に来てくれてるんだし、どんどん受験勉強を進めていって、今日じゅうに偏差値を3は上げたいわ」

 

× × ×

 

数学の参考書を閉じた。満足感でもって、両腕を大きく天井に向けて伸ばす。それから両腕で頬杖をつき、美人家庭教師たる羽田さんの方を向き、熱い視線を送り届ける。

「絶対もう偏差値が3上がってるわよ。あなたの家庭教師効果が絶大で、予想以上に偏差値がウナギ登り。これなら、過度に消耗することもなく勉強を終わらせられるわ」

美人家庭教師な彼女は若干の呆れ顔。

「適当なこと言ってませんよね、センパイ? 偏差値ウナギ登りとか完全に主観だし、しかもなんだかセンパイ、勉強とは別の思惑があるような顔になってるし」

「見抜かれたかー」

「せっ、センパイっ!?」

「ね、気まぐれでゴメンなんだけど、今日のお勉強はここで切り上げちゃいましょーよ」

「きっ切り上げてどーするの」

タメ口になってしまった後輩の可愛らしさを味わいつつ、スマートフォンを手に取る。

それから、電話帳を表示させて、

「今から家(ウチ)に来てくれる子がいないものかしらね?」

と言ってみる。

 

× × ×

 

ヒマな子が1人いた。青島さやかさん、羽田愛さんの女子校の同期である。つまりは、わたしにとっては同じ女子校の2期下の後輩だということになる。

 

急に呼び出された青島さんがわたしの部屋に来てくれている。わたしはさっきまで座っていた椅子を彼女に譲ってあげた。わたしはカーペットに移動して、ペタリと腰を下ろし、椅子座(ずわ)りの女子校同期コンビと向かい合う。

「なんの前触れもなく呼んじゃってゴメンね」

青島さんに顔を向け、笑顔で謝るわたし。

「たぶん初めてよね、青島さんが葉山家に来てくれたのって? 記憶にないんだもの。昔から面識はあったのに不思議なものね」

笑顔で言うわたしの笑顔がまぶし過ぎたのか、青島さんは縮こまり始め、スラックスの膝上辺りに両手を載せてうつむいてしまう。

そんな彼女のご様子を羽田さんが隣で穏やかに見ていた。羽田さんはわたしから見て左斜め前の椅子座り。

わたしから見て右斜め前で絶賛縮こまり中の青島さんを、

「もっと葉山先輩にココロを開いてあげるべきよ、さやか」

と、にこやかに諭(さと)す。

いつの間にか青島さんの右肩に羽田さんの左手が置かれていた。青島さんはジワジワ顔を上げ、わたしに視線を寄せる。

『よくぞ顔を上げてくれたわね、その調子その調子、ありのままのあなたをわたしに見せてほしいわ』

そんなキモチになって青島さんと眼を合わせる。

知ってるんだから、クールでサバサバしてるのが普段のあなただってことぐらい……。普段のあなたを見せてほしいの、普段着(ふだんぎ)のあなたを見せてほしいの、わたしが2個上だからって遠慮しちゃイヤよ??

「青島さん」

目論見(もくろみ)があったから、呼びかけた。

「今日のあなた、無口だけど、わたしとしてはたくさん喋ってほしくって」

要求した後ですぐに背後の自慢の本棚に方向転換する。泣く子も黙るドゥルーズ=ガタリの『アンチ・オイディプス』を引き抜き、振り返って手前のテーブルにとん、と置く。

「青島さんはこの本を読んでるに違いないと思って抜き出したんだけど、わたしがいったい何がしたいのかって言うと、この場で『即席読書会』がしたいのよ」

前のめりになってくれる青島さんがいた。

嬉しくて、

「あなたならこの本について面白くてためになることを言ってくれるはずだから。……実はね、『即席読書会』的な企画は前々から温めていたの。青島さんにもメンバーになってほしかった。だって貴重なんだもの、現代思想に理解のある女の子は。アポ無しでいきなり自分の家に呼んだりするワガママなわたしだけど、あなたや羽田さんの先輩なのに未だモラトリアムなどうしようもないわたしだけど、それでもわかってほしいの。青島さん。わたしは……あなたを必要としてるのよ」