【愛の◯◯】バースデーパーティーにおけるそれぞれの微笑ましさ

 

大いに盛り上がっていた。今日はわたしの誕生日で、朝からバースデーパーティーを開いている。会場はもちろんお邸(やしき)、知り合いがどんどんやって来て、わたしの22回目の誕生日を祝ってくれている。

サークルOBの松浦センパイの姿が眼に入った。ビール缶を持ちながら、独りで立ち尽くしている。独りぼっちでは可哀想なので、日本酒のグラス片手に、わたしは彼に歩み寄っていく。

「松浦せんぱーい」

「羽田か。日本酒飲んでるんだな、ロックグラスで。少し意外だ、おまえの酒の趣味が案外渋くって」

わたしはわざとらしくロックグラスを揺らし、

「ビールがダメなので。センパイ、ご存知ありませんでしたっけ? わたし、炭酸に激弱で、コカ・コーラひとくちでベロンベロンに酔っちゃうんですよ」

「なんだそりゃ。コーラひとくちで酔うなんて、どーゆー原理だ。炭酸はアルコールじゃないのに、おまえいったい、どんな体質を……」

ここでいきなり、わたしは松浦センパイのビール缶にロックグラスを当てた。

乾杯である。

「あのぉ。センパイ、そんなことよりも」

甘い声を作り上げて、

「わたし、松浦センパイや郡司(ぐんじ)センパイと話してると、まるで自分のお兄さんと話してるような気分になるんです」

「!?」とビビってしまう松浦センパイ。

構わず、

「あっち見てください。郡司センパイが、ミナさんに罵倒されてる。ああいう光景、わたしは素敵だと思うし、特に郡司センパイの罵倒されぶりが可愛くって……」

郡司センパイは松浦センパイと同期の男子。同じく同期たる女子の高輪(たかなわ)ミナさんと腐れ縁で、会えば必ず彼女に罵倒されたり説教されたりしている。あいも変わらずの光景を、わたしは遠巻きに眺めながら、ロックの日本酒と一緒に味わう。

「おれや郡司が、羽田の兄貴!?」

あー。松浦センパイ、混乱しちゃってる。完全にわたしの責任、いきなり『お兄さんみたい』と言われたら、缶ビールの味もわかんなくなっちゃうわよね。

 

× × ×

 

松浦センパイや郡司センパイみたいな存在は大事にしたい。わたしに兄が居ないがゆえに、お兄さん代わりみたいに勝手に思っちゃっている。2人ともわたしを「羽田」と苗字で呼び捨てにしてくれて、そうしてくれる男子は他に居ないし、「羽田!」と呼ばれるとあったかい気分になっちゃうの。

 

さてさて、わたしは場所移動。

中規模のリビング的スペース。そこに、古性(こしょう)シュウジくんと敦賀由貴子(つるが ゆきこ)ちゃんが居る。郡司・高輪コンビ同様『腐れ縁』的な2人は、同じソファに腰掛けてお喋りをしている。同じソファだけど、かなり距離を取っていて、その距離の取り方が本当に微笑ましかった。

2人ともノンアルである。というか、由貴子ちゃんは1年生でピチピチの10代。ノンアルコールも当然であり、先輩のシュウジくんも彼女に合わせ、清涼飲料水をコップに入れて飲んでいる。

由貴子ちゃんが少し前のめりになった。前のめりになったことで、先輩男子たるシュウジくんと距離が詰まる。これからどんな会話が繰り広げられるのか、ワクワクドキドキしながら、2人のソファの後方から熱い視線を送る。

シュウジ先輩。わたしのワガママ、聴いてほしいんですけど」

「ワガママ?」

「せっかくこんな素敵なお邸(やしき)に来て、愛さんのお誕生日をお祝いしてるんですから、シュウジ先輩に短歌を作ってもらいたいんです」

シュウジくんは眼を見張り、

「今この場で!? 羽田センパイのバースデーはめでたいし、確かにここは素敵な豪邸だけど。僕の短歌の腕前を見込んでのことなんだろうけど、即興で詠(よ)もうとすると、余分なチカラが入ってしまって……」

「余分なチカラってなんですか? 先輩ならできますよ、できるでしょ。高校時代の二(ふた)つ名(な)が『ナニワの文学青年』、もしくは『ナニワの吟遊詩人』、それから他にも――」

「ちょ……ちょっと待てーな敦賀。僕、『ナニワの吟遊詩人』なんて呼ばれた記憶あらへんで? 『吟遊詩人』ってなんやねん、『吟遊詩人』って。僕は一介の短歌愛好者に過ぎないんやで」

おおお。

ついに出た、シュウジくんの関西弁。関西弁というより、大阪弁? まぁどっちでもいいけど。

「今の先輩、『素(す)』が出てる。これなら、短歌一首(いっしゅ)ぐらい、容易(たやす)く作ってくれそう」

「アホか敦賀

「知ってます?? 『アホ』って口走ったヒトが『アホ』になる、これは鉄板の法則です」

由貴子ちゃんの受け答えにも関西弁のニオイが濃厚になってきた。イントネーションが最高に大阪っぽくて、聴いていると最高にくすぐったいキモチになっちゃう。微笑ましいのは当然だし、微笑まし過ぎて、今のわたしの立ち場所で漫才めいたやり取りを無限に眺めたくなっちゃうのだ。

 

× × ×

 

でも、立ち止まり続けてはいられない。わたしのバースデーだから、わたしが主人公。なおかつ、この場の『ホスト』として、たくさんの参加者それぞれに気くばりしなくてはならないのだ。

隅っこの方にボヤ〜ンと立っている年下の男の子が居た。

窓辺で立つ彼の名は、新山(しんざん)ブンゴくん。シュウジくんと同期の、京都府出身の、元・野球少年だ。

ブンゴくん目がけてスタスタとわたしは歩いていく。いつの間にか持っていた赤ワインのグラス片手に、隅っこ暮らし状態なブンゴくんへと急接近。彼は手持ち無沙汰で、グラスも何も持っていなくて、『退屈になるために邸(ここ)に来たんじゃないでしょ?』とココロの中で思わずたしなめてしまう。

わたしに気付いた。半分うろたえてるみたいな顔で、わたしの顔を見てくる。わたしは自分の顔に自信があって、『わたしのルックスならば今の状態のブンゴくんをイチコロにするのも容易い……』と、見方によっては最高度に性格の悪い目論見(もくろみ)を持っちゃっていたりする。

だけど、美人であることの自画自賛なんか元来どうでもよくって。

どんどん突き進んでいった結果、ブンゴくんとの距離が1メートルを切った。細かい身長の数値は忘れたけど、わたしより背の高い彼を、ぐいっ、と見上げてあげる。

ドギマギの到来。2つ年上のお姉さんに至近距離で見上げられたから、当然の帰結だ。年上お姉さんのわたしには適度なアルコールも注入されているし、適度な火照(ほて)り顔になっているはずだから、見上げて3秒と絶たずに打ち負かせる。

「のまないの? ブンゴくんって、とっくにハタチになってるでしょ。記憶してるのよわたし、サークルの幹事長なんだから、会員みんなのお誕生日をインプットしてないわけがないわ」

あなたの身長はインプットできてないけどね。できれば、会員全員の身長もインプットしておきたいところ。元来わたし、知り合いの身長を記憶するのだって得意なんだから、会員全員の身長インプットもお茶の子さいさいなはず。

それはそうと、

「お酒は無限にあるのよ。欲しいのがあったら、リクエストしてくれてもいいのに。ま、強制してハラスメントみたいになったらいけないから、あなたのご自由に……だけど」

弱々しき声で、

「今は、いいです」

と拒んでしまう彼。

どうしたの、あなた快活な野球少年キャラでしょ。普段の熱血ぶりとか、鳴りを潜めていて、『わたしがカラダを近付けてきたのがそんなに逆効果だったのかしら……』と反省しちゃうぐらい。

本当に体調不良なのか。でも、顔色は悪くない。何か別の原因で萎縮している……。そうとしか思えず、顎(アゴ)に右の人差し指と中指を当て、わたしは推理モードに入る。

推理モードに入ってから10秒でひらめいた。

ひらめいたから、再びブンゴくんを見て、

「もしかして。ブンゴくんあなた、由貴子ちゃんの可愛いブラウスに見とれてるんじゃないの?」

「ぶぶぶ、ブラウス!?」

「そーよ。彼女のブラウスとっても可愛らしいから、この距離からでも目立つのよね」

いったん間(ま)を置いてから、

「ブンゴくん、隅っこに居る割りには、隅に置けないのね。……お姉さんにはバレバレなのよ? バレバレっていうのは、あなたの『視線』。わたしに察知できないわけもないでしょ、由貴子ちゃんと同じ空間に居るたびに、熱々(あつあつ)の視線をあなたが送ってるのが……」