さっきまで観ていたCMについて馬場さんと話し合っていた。
そしたら大変不都合なことに、ぼくたちの横に吉田さんがヒョコッと現れ、身を乗り出してきたのである……!
小柄な吉田さんの不穏な眼がぼくたち2人に向けられる。
彼女は、
「オタク状態を抜け出せてないよね」
「どういう意味ですか吉田さん」
そう言いつつ、ぼくは厄介過ぎる先輩女子を凝視するのだが、
「当事者でないからこそ分かるオタク状態がある。……あのね、羽田くんと馬場っちの意見交換を聴いてると、『嗚呼、厚顔無恥(こうがんむち)ってまさにこういうことなのね……』って感慨深くなっちゃうのよ」
「ま、まさか、厚顔無恥って言うために、ぼくらのところに来たんでは」
「羽田くん顔が青いよ?」
「誰のせいだと思ってんですかっ!!」
身長152センチ、緑と白の2色リボンがトレードマークの吉田さんが微笑(わら)う。いや微笑(わら)うというよりも、嘲笑(わら)っている。
ぼくと吉田さんの茶番を穏やかに見守っていた馬場さんが、
「吉田さん。悪い意味で喜びに満ち溢れた笑顔はあまり良くないですよ」
と柔らかくたしなめる。
「馬場っちウザい。やっぱしオタクなのね」
吉田さぁん……。
呆れるぼく。しかし、馬場さんは動じない。
「吉田さんに訊きたいんですが」
「え、なによ、馬場っち」
「エントリーシート、書いてますか? 僕とあなたはもうじき就職活動シーズン……行動的なあなたならば、もう書き始めてるのかもしれませんね」
吉田さんがプイッと顔を逸らす。緑と白のリボンが揺れる。不満げな表情。頬(ほほ)に淡い赤みがさしているのをぼくは見逃さない。
「就活なんかよりも、羽田くんのバイト探しの方が死活問題よ」
いきなり言ってきた吉田さん。
というか、
「ぼくがアルバイト探してるっていつ知ったんですか。お得意の地獄耳ですか」
地獄耳に定評のある彼女はテーブルを左人差し指で連打しながら、
「……甘い。むしろ、知らないとでも思ってたの? オタクだね」
最後に「オタクだね」を付け加えないでもらえませんか。
× × ×
馬場さんが退室。吉田さんと2人きりになってしまった。
テーブル上に両手のひらを乗せた吉田さんが、
「羽田くんあなた、CMに興味があるのと、映像に興味があるのと、いったいどっちなの?」
「CMにも映像にも興味を持ってますが」
模範解答であると思って答えたのだが、
「羽田くんはCMにしか興味ないと思ってたんだけど」
「え……。そもそも、テレビコマーシャルは映像の1つですよね。CMと映像を分ける必要あったんですか」
「あるわよ。CMと映像は違うんだし」
「違うって、どこが?」
「教えるのヤダ」
「あ、あのねえ!!」
「あれれ〜〜? 先輩女子に反抗は高くつくわよ〜〜?」
いったん前のめりになったカラダを椅子の背もたれに預ける。そして、『厄介なヒトばかりぼくの前には現れる……』と思いながら、天井のLED照明に眼を凝らす。
「なんなの。くたびれてるの」
当たり前じゃないですか。誰のせいだと……。
ぼくは、消耗気味の声で、
「専攻が専攻なので、授業で映像資料をたくさん見せられるんです。映像のイロハをそこでインプットしてるんです。吉田さん、あなたよりも映像というモノには詳しいと思いますよ?」
「大きく出たね」
眼を細くさせながらぼくは、
「映像に興味のない人間なんて……ほとんど居ないんじゃないでしょうか。別に映画じゃなくっても、映像という形式は世の中の至るところに存在してる。映像が至るところに在(あ)るのは、ちょっと考えてみたら分かることで。電車内の扉の上のモニターにだって映像は流れる。そういうモノがぼくは割りと好きなんです」
× × ×
「……というようなことを先輩女子に力説したんです」
邸(いえ)に帰って小泉さんと通話している。小泉さんは勤務を終えたばかり。
「流石は利比古くんだぁ。映像言語をわたしよりも知ってそう。偉いねえ。偉い偉い」
仕事終わりとは思えないほど彼女の声は元気である。高校教師は思ったほど激務ではないのだろうか。
「利比古くんが着実に成長してるから、来週以降の勤務もわたしは頑張ることができる。たとえ上司からの『怒られ』が発生しても――」
「上司、ですか」
「教員にも上司の概念はあるの」
「怒られちゃったら、ヘコみますよね」
「慣れた」
「それはすごい」
「ありがとう。ところで――」
「?」
「わたし、そっちの邸(いえ)に行って、キミの顔を見てお喋りしてみたいんだけど」
「顔を見て、お喋り……? もちろん邸(ここ)に来るのはOKですけど」
「明日はダメかな」
「きゅ、急ですね。せっかくの土日なんだから、ゆっくり休んだ方がいいんでは」
「土日でないと難しいじゃん、お邸(やしき)訪問は。社会人だからさ」
「それはそうですが……明日だなんて。そんなにすぐに、ぼくに会いたいんですか」
「会いたいの」
彼女は、
「だってさぁー。わたしだって『心配』なんだしさぁ」
『心配』というコトバを疑問に思うぼくは、
「ぼくのことが、心配……?」
と訝(いぶか)しみながら言うが、
「ダメージ、多かったみたいじゃん? 8月の終わり頃から、ずーーっと引きずってるって。わたしはそういう情報を既にインプットしていて」
……『それ』ですか。
ダメージは確かに多かった。打ちひしがれていた。
だけど、今はもう11月。
「どういう経路でインプットしたのかも気になりますが……。ぼくなら、大丈夫ですから。小泉さんが思ってるよりも、大丈夫」
「つよがりだ〜〜☆」
ななっ!?
「わかるから、つよがり」
余裕しゃくしゃくの声でもって……小泉さんは、
「隠せてないよ。ナメないでよ、4つ年上の女子のインスピレーションを」