昼下がり。リビング。利比古くんが居る。タブレット端末は見ていない。
「やあ利比古くん」
そう呼び掛けて、利比古くんの座るソファに近付くわたし。
ソファ1つ分だけ距離をとって、ソファにどーんと着座するわたし。
出来上がったばかりの『PADDLE(パドル)』を右手に携えているわたし。
「『PADDLE』の最新号が出来たんだよ。利比古くんに無料進呈してあげる」
「それはどうも」
あれ。
利比古くん、とっても素っ気ない反応。
「体調でも悪いの? リアクションがなーんかあっさりし過ぎてるね」
「別に体調崩したりはしてませんから」
「ふ〜ん」
ならば、
「今ここで『PADDLE』最新号を読んで、感想を言ってほしいな〜」
「今ここで読むんですか?」
「読むんだよ。読んでよ」
彼の傍(そば)にわたしが置いた最新号を彼はチラ見して、
「どんな感想でも構わないですか」
「もちろん」
最新号を手に取り、慎重なほどの手付きでページを開く。
見る見る内に眼付きが真剣になっていく。彼のキレイな眼から視線がページに注がれる。
遅読(ちどく)だった。ゆっくりと丁寧に彼は雑誌に眼を通していた。
その遅読ぶりにわたしは眼を奪われる。こんなに真剣に『PADDLE』を読んでくれる彼は初めて見た。
なんでこんなに真剣なんだろう? 眼を奪われながらも疑問を抱く。
もしかしたら、ハタチを過ぎたからかもしれない。20代になって、オトナとしてのマジメさが増してきているのかも。20代になったがゆえの責任感? ……でも、責任感が強くなったとして、いったいどんな対象に責任を感じてるっていうんだろう。
× × ×
利比古くんはとうとう最新号を通読した。
「ハイ、よく読めました」
両手をポンと合わせて、わたしは彼を褒めてあげる。
「あすかさん。ぼくは小学生じゃなくて大学生なんですけど」
「お、厳しいね」
「感想を言えばいいんですよね? 何でも言っていいんですよね?」
「いいよ」
「では、面白かった記事を3つ挙げようと思いますが」
「挙げて〜」
「まず、『埼玉県のパワースポットベスト5(ファイブ)』。南浦和でアルバイトしているあすかさんの実感が出ていたと思います」
「実感出てるって言ってくれて嬉しいよ」
「次に、『日本シリーズ、2つの伝説 〜1983年と1992年〜』。ジャイアンツとライオンズが対戦した1983年と、スワローズとライオンズが対戦した1992年。結果的には、両方ともライオンズが勝利したんですが……スポーツ好きのあすかさんの筆が冴え渡ってたと思います」
「筆が冴え渡ってたって言ってくれて、とっても嬉しい」
「取り上げられた2つの日本シリーズがどれだけ激闘であったのか、良く伝わってきました」
「ありがと〜〜」
「最後に、『サリンジャーとヤングアダルト小説』。戦後のアメリカでサリンジャーの小説がヤングアダルトの読者層にどれほどの影響を及ぼしたのか。ぼくはサリンジャーを1冊も読んだことありませんが、勉強になりました」
「勉強になったって言ってくれてホントに嬉しいな」
「……あすかさん、さっきから『嬉しい』って形容詞ばっかり連発してません?」
「だって嬉しいんだもん」
「あすかさんの表現力ならば、『嬉しい』を使わずに嬉しさを言い表せると思うんですが……」
ここでわたしは、利比古くんの素晴らしい顔面にビーーッと視線を伸ばした。
そしてわたしは、出来る限りの笑顔を利比古くんに見せようとした。
わたしの創り上げたスマイルに彼がちょっと戸惑った。わたしからちょっぴり視線を逸らし、ちょっぴりほっぺたを掻いた。
× × ×
「しっかりした感想が言えるんじゃん」
ソファ1つ分だけ距離のある利比古くんを褒めてあげる。わたしのまごころ。
「利比古くん。『ごほうび』」
「『ごほうび』?」
「しっかりした感想が言えてたから、『ごほうび』に、今度お昼ごはんをおごってあげるよ」
「悪いですよ。あすかさんのお金でタダ飯(メシ)だなんて」
「悪いなんて言わないの。タダ飯(メシ)なんて言わないの」
ほんのちょっとだけ彼のほっぺたが赤くなる。
わたしは、
「ねっ?」
と念押しする。
それから、
「ステーキでもお寿司でもいいから、とにかくわたしがお金出してあげる」
ほっぺたの赤みを持続させて、
「どうして……そこまで」
と疑問を示す彼。
すぐさま、
「だってさあ。この秋、利比古くんがずぅーーーっとナーバスなんだもん」
「ナーバス??」
「そ。明らかにナーバス状態でしょ」
カラダを彼の方に向けているわたしは、
「あのね? これ、女子大学生の勘(カン)なんだけどさ。あなたのナーバスの理由、たぶん……人間関係的なモノなんだと思う」
狼狽(うろた)えが彼に兆すのを確認してから、
「人間関係ってゆーのは、ハッキリ言っちゃえば、女の子との関係」
と指摘し、ひと呼吸置いた後で、
「具体的な名前は挙げないけど……。こんがらがっちゃってるんだよね、きっと」
わたしの『こんがらがっちゃってるんだよね』の意図を把握してくれたらしい。マジメ過ぎるぐらいの目線で、わたしに顔を向けてくれている。
マジになった二枚目フェイスを、わたしはちゃんと見てあげる。
とってもとっても二枚目だから、ちゃんと見てあげていると、わたしの方が照れちゃったりもする。
照れくさくもあるんだけど。
「利比古くん」
と名前を呼び、それから。
「わたしが、居るよ。わたしが、居るんだから。互いの部屋だって近いんだし、もう少し頼ってくれても良いんじゃないかな? 自分の中に『こんがらかるモノ』があるのなら、吐き出してよ。吐き出してくれていいよ。……わたしなら、受け止めてあげる」
と、キチンとキモチを伝えてあげる。
まさしく、年上女子としての、責務。