何だか違和感がある。
侑(ゆう)と新田くんが居る席がいつもと違うのだ。
サークル室。今日は、『幹事長指定席』のわたしから見て左側に侑、右側に新田くんが座っている。
いつもとは、逆。『幹事長指定席』から見て右側に侑、左側に新田くんというのが定着していたのに。
まるで、互いの『指定席』を交換したみたいだ。
「取り引きでもしたの? あなたたち」
違和感を抑えきれずに言ってみた。
「してないよ」と新田くん。
「してないわよ」と侑。
侑はさらに、落ち着いた表情で、
「自然な流れで、いつもと席が逆になってるだけ」
自然な流れ?
怪しいわね。
怪しいのに加えて、気になるコト。
侑が「ウルトラジャンプ」を読んでいて、新田くんが『はらぺこあおむし』を読んでいる。
侑はウルトラジャンプなんか普段読まないし、新田くんが絵本を読んでいるのも極めて珍しい。
ゆえに、
「どうして、ウルトラジャンプなの。どうして、『はらぺこあおむし』なの」
と疑問を示してみる。
侑は、
「ウチの近所の書店で買ったの。たまにはこういう漫画雑誌も読んで勉強してみたいと思って」
と回答。
新田くんは、
「ウチの近所の図書館で借りたんだ。たまには絵本を読んで勉強してみたいと思って」
と回答。
元来、ウルトラジャンプは新田くんのテリトリーで、絵本は侑のテリトリーのはず。だけど今、ウルトラジャンプは侑が、絵本は新田くんが。
やっぱり怪しい。
考えられるのは、なんといっても、彼女と彼の関係性の変化。わたしの眼の届かない所で、何か大きな出来事が……?
「羽田さんは、何かやらないの? 読書だとか」
絶賛思考中のトコロに新田くんが割り込んできた。
「あるいは、ドイツ語の下訳(したやく)とか。そういうバイトしてるでしょ、羽田さんは」
わたしは静かに、
「このお部屋で下訳バイトはあんまりやりたくないの」
「え、なんで?」
と言って訝(いぶか)しむ新田くんに、
「サークル幹事長としての責任感があるから」
と返し、手前のテーブルにさりげなく置いていたブラック缶コーヒーをぷしゅ、と開ける。
× × ×
新田くんが先に帰った。お部屋がわたしと侑の2人きりになった。
ウルトラジャンプを読破したらしい侑が、
「ずいぶん不思議がってたわねー。わたしと新田くんが通常とは違ったコトをしていたのを」
と言う。
どうしてそんなに面白がるような表情なの。
「この部屋に誰かがやって来ない内に、問い質(ただ)したいんじゃないの?」
んーっ……。
「問い質す気はあんまり無いかな」
と言いつつも、
「ちょっと、お散歩がしてみたいかも」
と、わたしは。
× × ×
涼しいというより寒い。重ね着して正解だった。公園の池の水面(すいめん)が何だか物寂しくて身に沁(し)みる。
わたしの右隣を歩いている侑は今日もジーンズを穿(は)いている。いつも通りの綺麗なラインの脚。わたしより長い脚。
侑の脚を羨ましがっているヒマはあまり無くて、
「いちばん訊きたいコトから訊きたいんだけど」
と言って、その場に立ち止まって、侑の顔を見つめる。
侑は微笑(びしょう)するばかり。
侑の余裕っぷりに構わず、
「あなた、新田くんと、何かあったんじゃないの」
といちばん訊きたいコトを訊く。
侑の微笑に苦笑が混じり、
「さっき部屋で『問い質すつもり無い』って言ってたのに、もう手のひら返し?」
「問い質しとは、ちょっと違うから」
数秒、間(ま)を置いてから、わたしは、
「何かあったとしか思えないのよ。あなたの新田くんへの接し方、どんどん柔らかくなってる気がするし」
「『柔らかくなってる』って表現はビミョーね」
「急に優しくなったよね、ってコト。前は、あなたの方から彼をガンガン攻撃していたのに」
「攻撃し続けたら、『折れる』かもしれないでしょ? 慈悲(じひ)はあるわ、別に彼を不幸に至らしめたいワケでもないし。仮に彼が卒業できなくなっちゃったりしたら、わたしだって悲しくなるし」
『わたしだって悲しくなるし』にヒントのようなモノが隠されている気がした。
落ち葉を運ぶ風の中で、
「侑のココロを読むのは、侑には迷惑?」
「ココロを読むって、なあに」
「新田くんに対する、本当のキモチ……だとか」
「なーに妄想してんのよっ」
侑が照れながら笑った。疑り深いわたしに単にツッコむんじゃなくて、照れも混じっていそうなリアクションだった。
「……登場人物の心情を読むのは、昔から大得意で」
「何の話をしようとしてるのよ、愛ってば」
「現代文のテストは、ほとんど95点以上だった」
「いきなり自慢話〜?」
「うん、自慢。……なんだけど、わたしがホントに言いたいのは、現代文の小説問題の読解が、今この場で応用できるんではないかってコト」
「応用してどうするのよ」
侑は穏やか。動じていない。
侑の言う通り、現代文読解スキルを応用しても甲斐が無いのかもしれない。
だけど。ならば。
ここは、冗談めかしたコトでも言って揺さぶってみるのも、1つの方法であり。
「あのね」
わたしはポツッ、と呟くように言い、
「こうやって、あなたの近くに居るとね」
と言い、眼を合わせながら、一拍(いっぱく)置いて、それから、
「――新田くんのニオイがしてくるのよ」
途端に侑がずざざざ!! と飛び退(の)くようにわたしから離れた。
この反応は……!!
『シッポを掴んだ』みたいな表現は不適切だし、侑に悪い。
でも、土壇場で逆転のスリーベースヒットを打ったみたいな、そんな実感があって。
『手応え』が、ある。
「変なコトを言ってゴメンね。わたしらしくない下品なコトバだったかも。ただのジョーダンよ。本気(マジ)に受け取らないで」
そう伝えて、表向きには、落ち着かせてあげようとする。
しかし、水面下では、とっても楽しい想像が、急速に拡大しかかっている……!!