トレーニング後のスポーツドリンクを飲んでいるアツマくんに、
「ねえねえ。あなた、侑(ゆう)からずいぶんリスペクトされてるみたいじゃないの」
と言う。
「リスペクト?」
「尊敬の眼差しで見られてるってこと」
「……。そうだろうか」
わたしはニヤリと彼を見て、
「侑が言ってたわよ? 『アツマさんに弟子入り志願しちゃった』って」
「ぐぐ……。知ったのか、おまえ」
「弟子にしてあげなさいよ☆」
「むむ……」
煮えきらない彼に若干呆れつつも、
「良かったわね、好意的に見られてる女の子がまた増えて」
「こ、好意的?」
「どうしてか、アツマくんの好感度って高いのよね。とりわけ、女子の好感度が」
なにも言えない彼に、
「もっと喜んだら? 女子の好感度の高さに」
と言うも、彼の目線が少し逸れてしまう。
「とりあえず、侑のことも大切にしてあげてよね」
「……どうやって」
それは自分で考えなさい。
× × ×
お昼の少し前。
ダイニングテーブル。
鼻歌を歌いながら裁縫をするわたし。
真正面の席のアツマくんは水泳雑誌『スイマーズ』に眼を凝らしている。
彼は時折スマホに視線を傾ける。
なんだか忙(せわ)しないわね。
雑誌読むかスマホ見るかどっちかにしたら良いのに。
裁縫を一段落させて、
「そんなにスマホが気になるの?」
と訊いてみる。
「あのな」
彼はスマホに眼を落としながら、
「そろそろ葉山のヤツから通知が来るんじゃないかって気になって」
「あー。葉山先輩の競馬予想がそろそろアツマくんに届く時間よね」
「今週もG1があるんか?」
「あるわよ。安田記念」
「お、おまえも良く知ってんな」
「ふふん♫」
「葉山にインスパイアされ過ぎたか」
「インスパイアってなによ。横文字を無駄に使うのね」
「だ、だって……おまえの競馬知識、着実に膨れ上がってるし」
「わたしもうハタチだから。競馬法に気兼ねしなくたって良いのよ?」
「そういう問題かいな」
ここでわたしは腰を上げ、冷蔵庫に歩いていく。
ブラック缶コーヒーを2本取り出す。
缶はキンキンに冷えている。
2本ともわたしの席の手前に置いて、まず1つ目の缶を開ける。
「ねえ、アツマくん」
「なんだよ?」
「わたしは現在ハタチだけど――」
「うん」
「あなたのいちばん身近に、もうすぐハタチになる娘(こ)が居るわよね?」
「――おれの妹のことか」
「そ。あすかちゃん。6月9日になったら、彼女がわたしの年齢に追いつく」
「……まあな」
「盛大に祝ってあげましょーよ。なんといっても、ハタチの節目なんだから!」
「まあ……節目だわな」
ちょっとちょっとっ。
「どうしてそんなに不甲斐ないリアクションばっかりなの!? 仕事のくたびれで生返事ばっかりになってるってこと!?」
「……あのな、愛。
おれ、実は……悩んでて。
というのは、あすかのハタチをどうやって祝ってやったら良いのか、この1週間考えて、それでも満点解答が出ず……」
ええーーっ。
「それは悩み過ぎでしょ。必ずしも満点解答を出さなくたって良いのに」
「だけど、あすかだし……」
「今の自分の考えに点数をつけるとしたら?」
「……。35点」
「それはダメね」
両手で冷たい缶コーヒーを持ち、口に運んでいく。
ぐーっ、とコーヒーを喉に流し込んでいく。
飲み干した缶を再度テーブルに置く。
置いた弾みで小気味良い音が鳴る。
左手で頬杖をつき、それから、
「シンキングタイムよ」
と宣告。
「シンキングタイム??」
惑う彼に、
「知恵を絞って、35点を70点にするの。70点にできるまで、お昼ごはん抜き」
「む、無茶振りじゃね!?」
「違うわよぉ。あなたなら、きっと70点にできるから☆」
「いきなり35点を倍にすることは……」
「あなた、自分の妹が大切じゃないの!?」
「うっ……」
「はい、シンキングタイム開始~」
両手を合わせてシンキングタイム開始を告げるわたし。
そんなわたしに、
「缶コーヒー、1本余ってるだろ……シンキングするから、飲ませてくれよ」
「絶対にヤダ」
「お、おいっ!」
「――って言ったら、どうする??」
「……美人らしからぬイヤミな顔になりやがって」