【愛の◯◯】35点を70点に

 

レーニング後のスポーツドリンクを飲んでいるアツマくんに、

「ねえねえ。あなた、侑(ゆう)からずいぶんリスペクトされてるみたいじゃないの」

と言う。

「リスペクト?」

「尊敬の眼差しで見られてるってこと」

「……。そうだろうか」

わたしはニヤリと彼を見て、

「侑が言ってたわよ? 『アツマさんに弟子入り志願しちゃった』って」

「ぐぐ……。知ったのか、おまえ」

「弟子にしてあげなさいよ☆」

「むむ……」

煮えきらない彼に若干呆れつつも、

「良かったわね、好意的に見られてる女の子がまた増えて」

「こ、好意的?」

「どうしてか、アツマくんの好感度って高いのよね。とりわけ、女子の好感度が」

なにも言えない彼に、

「もっと喜んだら? 女子の好感度の高さに」

と言うも、彼の目線が少し逸れてしまう。

「とりあえず、侑のことも大切にしてあげてよね」

「……どうやって」

それは自分で考えなさい。

 

× × ×

 

お昼の少し前。

ダイニングテーブル。

鼻歌を歌いながら裁縫をするわたし。

真正面の席のアツマくんは水泳雑誌『スイマーズ』に眼を凝らしている。

彼は時折スマホに視線を傾ける。

なんだか忙(せわ)しないわね。

雑誌読むかスマホ見るかどっちかにしたら良いのに。

裁縫を一段落させて、

「そんなにスマホが気になるの?」

と訊いてみる。

「あのな」

彼はスマホに眼を落としながら、

「そろそろ葉山のヤツから通知が来るんじゃないかって気になって」

「あー。葉山先輩の競馬予想がそろそろアツマくんに届く時間よね」

「今週もG1があるんか?」

「あるわよ。安田記念

「お、おまえも良く知ってんな」

「ふふん♫」

「葉山にインスパイアされ過ぎたか」

「インスパイアってなによ。横文字を無駄に使うのね」

「だ、だって……おまえの競馬知識、着実に膨れ上がってるし」

「わたしもうハタチだから。競馬法に気兼ねしなくたって良いのよ?」

「そういう問題かいな」

ここでわたしは腰を上げ、冷蔵庫に歩いていく。

ブラック缶コーヒーを2本取り出す。

缶はキンキンに冷えている。

2本ともわたしの席の手前に置いて、まず1つ目の缶を開ける。

「ねえ、アツマくん」

「なんだよ?」

「わたしは現在ハタチだけど――」

「うん」

「あなたのいちばん身近に、もうすぐハタチになる娘(こ)が居るわよね?」

「――おれの妹のことか」

「そ。あすかちゃん。6月9日になったら、彼女がわたしの年齢に追いつく」

「……まあな」

「盛大に祝ってあげましょーよ。なんといっても、ハタチの節目なんだから!」

「まあ……節目だわな」

ちょっとちょっとっ。

「どうしてそんなに不甲斐ないリアクションばっかりなの!? 仕事のくたびれで生返事ばっかりになってるってこと!?」

「……あのな、愛。

 おれ、実は……悩んでて。

 というのは、あすかのハタチをどうやって祝ってやったら良いのか、この1週間考えて、それでも満点解答が出ず……」

ええーーっ。

「それは悩み過ぎでしょ。必ずしも満点解答を出さなくたって良いのに」

「だけど、あすかだし……」

「今の自分の考えに点数をつけるとしたら?」

「……。35点」

「それはダメね」

両手で冷たい缶コーヒーを持ち、口に運んでいく。

ぐーっ、とコーヒーを喉に流し込んでいく。

飲み干した缶を再度テーブルに置く。

置いた弾みで小気味良い音が鳴る。

左手で頬杖をつき、それから、

「シンキングタイムよ」

と宣告。

「シンキングタイム??」

惑う彼に、

「知恵を絞って、35点を70点にするの。70点にできるまで、お昼ごはん抜き」

「む、無茶振りじゃね!?」

「違うわよぉ。あなたなら、きっと70点にできるから☆」

「いきなり35点を倍にすることは……」

「あなた、自分の妹が大切じゃないの!?」

「うっ……」

「はい、シンキングタイム開始~」

両手を合わせてシンキングタイム開始を告げるわたし。

そんなわたしに、

「缶コーヒー、1本余ってるだろ……シンキングするから、飲ませてくれよ」

「絶対にヤダ」

「お、おいっ!」

「――って言ったら、どうする??」

「……美人らしからぬイヤミな顔になりやがって」