試験会場の建物から出る。
外の空気を軽く吸う。
第一志望ではなかった。
滑り止めというよりは、大学入試に慣れるために受けた感じの大学。
そう。わたしにとっては、この大学はそういう存在でしかない。
「わたしにとっては」を強調するのは、なぜかというと。
よく知っている男子の第一志望校が……この大学なのだからだ。
× × ×
羽田利比古くんを見つける。
佇(たたず)んでいる羽田くんに近寄る。
「手ごたえ」がどうなのかが、いちばん気になることだった。
手ごたえが悪ければ、沈んだ気分になっているだろう。
そうだったなら、気まずい。
だけど、『試験が終わったら合流しましょう』と伝えたのはわたしのほうなんだから、うまく対応しないといけない。
覚悟を決めて、
「お疲れ様でした」
と声を掛ける。
彼が振り向く。
緊張の一瞬。
……だったけれど、ハンサムな顔立ちに、少しも翳(かげ)りは見受けられない。
うまく行ったみたいね。
羽田くん。
「……良かったわ。暗い表情をしてたら、どうしようかと思ってた」
「えー、そこまでぼくのこと気にしてたの??」
するわよっ。
「いつになく真顔だね……どうしたのかな」
真顔にもなるからっ。
想像力が欠如してるのかしら。
「羽田くん!」
「んー」
「しばらく、歩くわよ」
「どこまで。どのぐらい」
「わたしの納得がゆくまで」
「えーっ」
× × ×
間の抜けた相づちに、イラつく。
でも、イラついているヒマはあまりない。
「あなたと話し合いたいことがあったの」
「だから、『合流しましょう』っていう連絡を?」
「そうよ」
「ふむ」
何度目かの間の抜けた相づち。
呆れてくるじゃないの……と思ってしまっていたら、
「なんとなく、わかっちゃったよ」
え??
わかっちゃった??
なにを!?
「来年度以降のKHKをどうするのか……ってことが、話したかったんでしょ」
「どうしてわかったの……どうして『正解』を答えられるの」
立ちすくむわたしに、
「なんだかんだで、きみとのつきあいも、長いから」
と羽田くん。
「つきあい」。
わたしとの「つきあい」。
男女交際というニュアンスの込められていない「つきあい」というコトバの響き。
そんな、なんでもない「つきあい」というコトバの響きに……うろたえる。
「お~~い」
前方にいる彼が、
「どうして立ち止まってるのー、猪熊さーん」
と呼んでくる。
うろたえの気持ちを引きずりながら、ふたたび足を動かし始める。
彼と並び合って、
「ごめんなさい」
という複数のニュアンスの込められた謝罪をして、
「KHKの今後についての意見を、交換したかった。だけど、気が変わってきたわ」
と言って、それから、
「意見交換は、また今度で」
と告げ、それからそれから、
「申し訳ないわね。ワガママで、気まぐれで」
と、歩道に視線を落としながら、ふたたび謝罪する。
ひたすら下を向いて歩くことに専念する。
収拾のつけかたがわからなくて、追い詰められそうになっていると、
「――きみは、ワガママでも気まぐれでもないと思うよ」
と彼が言ってきたから、どっきり。
「ぼくの姉なんか、ヒドいんだ。ワガママと気まぐれが凝縮されてるみたいで、いつも困ってる」
「ど、どうして突然、あなたのお姉さんを引き合いに出すの」
「姉と比べたら――とてもきみなんか、ワガママや気まぐれだなんて思えるわけもない、ってこと」
「……あなたの日本語がぎこちなくて、褒められてるのかどうかも、わかんない」
「それは悪かったね」
「日本語を磨いてよ、もっと」
「わかった」
「約束よ」
「約束?」
あー、もうっ。
「今の『約束よ』は、無しにしてっ」
「そっか」
「どうしようもないって思った?? 考えてみれば、あなたの日本語もぎこちないけど、わたしの日本語も曖昧よね……」
「曖昧な桐原高校の猪熊さん、か」
「なに、それ」
「なんでもいいじゃんか」
「……良くない」
「ソッポ向きながら言わなくても」
「……向くしかないでしょ」
「?」