日曜日の朝。
兄の誕生日の朝。
『ホエール君』ぬいぐるみを携(たずさ)えて、兄の部屋のドアに接近していく。
おねーさんも同伴である。
「おねーさん、わたしがノックしてみます」
「お願い」
3回ドアを叩く。
なにも聞こえてこない。
もう3回ドアを強打。
反応、無し。
「これはダメですね、爆睡してますよ」
「しょうがないアツマくんね、だらしがないわ」
「入ってみません?」
「そうするしか無さそうね」
× × ×
ふたりして床にペッタリ。
予想通り爆睡中だったダメ兄(あに)の寝相を、しばらく眺めてみる。
寝言を言わないだけ立派なのかもしれない。
でもダメ兄はダメ兄なので、
「おねーさん、わたしがなんとかしてみます」
「お願い。彼を目覚めさせて」
「わかりました」
ベッドのそばにわたしは寄る。
掛け布団に包まれた兄のカラダに向かって、前のめりになっていく。
前傾(ぜんけい)姿勢で、持ち込んだ『ホエール君』ぬいぐるみを、兄のカラダのお腹のあたりに乗っける。
それから、強いチカラで、そのぬいぐるみをギューーッ、と押し込んでいく。
兄のお腹に圧力を与えたのだ。
ひとたまりもなく、身を起こす兄。
起きた~。
「あすかかよ。どういう起こしかただよ」
「こうでもしないと起きないから」
「マトモなやりかた、もっといくらでも――」
「つべこべ言うんじゃありません。バカ兄貴」
「んなっ」
だらしのない兄貴は後頭部をポリポリと掻く。
おねーさんも居るっていうのに。
眠たげに、
「まったく。誕生日の朝ぐらい、ゆっくり寝かせてくれんか」
「誕生日の朝『だから』、早く起きなきゃダメなんだよ」
「根拠言え根拠、あすか」
もーっ。
うざったいなあ。
「お兄ちゃん!」
「へっ?? なんだ」
「妹から申し上げます」
「??」
「お誕生日、おめでとう。お兄ちゃんも、めでたく22歳」
「ぬ……」
うろたえないでよっ。
うろたえる兄に、我慢ができない。
我慢できないから、
「おめでとうって言ってるでしょっ」
と言うと同時に、背中に手を伸ばし、抱きかかる。
うろたえ兄貴の胃袋あたりに頭を押さえつけ、グリグリする。
グリグリ、グリグリ。
ひたすら、グリグリ。
「……痛いんですが。あすかさん」
「お兄ちゃんが『痛い』って言うたびに、グリグリする桁数(けたすう)が増える」
「なっ」
わたしは、グリグリを一時停止して、
「ジョーダンに決まってるじゃん。頭悪いなあ」
と、明るく言う。
それから、より一層、兄の上半身にもぐり込むようにして、
「お母さんが喜んでるのは、当たり前として。
きっと、お父さんだって……喜んでるよ、天国で」
と、言ってあげる。
兄はなにも言わない。
なにも言えない。
そんな兄だから――しばらく、優しくしてあげる。
× × ×
「よかったわね、アツマくん。あすかちゃんがこんなに優しくしてくれることなんか、半年に1回ぐらいよ?」
おねーさんが言う。
情けない顔つきの兄は、
「優しくされすぎた気も、するんだが」
バカだねー。
「それはわたしに対する苦情なの!? お兄ちゃん」
「や、苦情というか、だな、」
「問答無用。ムダ口(ぐち)叩き続けてると、もう1回ホエール君アタックするよ!?」
「……」
そこで黙るなっ。
「あのさあ」
「……?」
「これでも、わたし、お兄ちゃんをリスペクトしてるんだからね?」
「リスペクト、って。いまいち、説得力が」
「説得力の有無とかは、今はどーでもいいの」
わたしはまっすぐ兄を見て、
「もっとギュッとしてあげたっていいんだよ」
言い放たれた兄は、
「恥ずいこと、言うなよ」
「恥ずくないよ。恥ずいなんてわたし思ってないし、お兄ちゃんも恥ずくなる必要なんて無い」
そう言って、左横を向き、
「ほら。わたしばっかり見てないで、おねーさんにも向き合ってあげて」
と促す。
おねーさんは超美人スマイルを炸裂させている。
炸裂中の超美人スマイルで、兄を圧倒。
圧倒された兄は、ほっぺたを赤らめる。
「アツマくん。あなた、デレてるわね」
「く……」
「意外に乙女じゃないの。乙女座でもなんでもないけど」
とびきりの愛情スマイルで、
「とりあえず、ハッピーバースデー」
「……おぅ」
「お誕生日プレゼントは、お昼まで待ってて?」
「お誕生日……プレゼント」
「そうよ」
「いったい、どんな」
「ご飯よ、ご飯」
「ご飯?」
「美味しいお料理よっ。ごちそう、作ってあげる。ごちそう作って、あなたのお誕生日を祝うの」
「……そうか」
「もしかして。
もしかして、ご飯よりも、わたしが良かった??」
「ど、どういうイミかな、」
「――あすかちゃんのスキンシップでも、まだ足りないわけ? すごいわね♫」
――なんとも言えない口元になる兄であった。