流(ながる)さんが書いてきた小説を、ひと通りチェックする。
「どうかな」
「上向いてますね」
「上向いてる?」
「いろいろと、巧(うま)くなってるってことですよ」
「本当?」
「わたしが嘘言ってると思いますか!? 文体が洗練されてきてて、余計な描写もかなり減ってきてる。会話文もこなれた感じになってきてるし」
すると流さんは照れたように、
「まるで、褒(ほ)めちぎりじゃないか」
「ハイ、褒めちぎってますよ。
ただ、要らない修飾語とかもまだそこそこ付いてますから、これから赤を入れさせてもらおうと思います」
「べた褒(ぼ)めとダメ出しのミックスみたいだな」
苦笑いの流さんをよそに、わたしはどんどん添削していく。
× × ×
「ハイ、どーぞ」
添削済みの原稿を差し出す。
受け取った流さんは、じっくりと眼を通したあとで、その原稿を静かに置く。
それから、メガネを丁寧に拭いて、
「やっぱり、きみはすごい読み手だよ。愛ちゃん」
と言ってくる。
「すごくないです。わたし以上の読み巧者なんて、いくらでもいます」
ひとまず、謙遜。
「恵まれてるんだな、ぼくは。こんなすごい『編集者』が、すごく身近なところにいるなんて」
すごくない、って言ってるんだけどなー。
ま、いいか。
「評価してくれて、ありがとうございます」
「どういたしまして」
型通り「どういたしまして」を言ったあとで、流さんは左腕で頬杖をつき始めた。
ボンヤリとわたしを眺めてくる。
わたしは若干戸惑う。
「わ、わたしの顔に、なにかついてます!?」
「ついてないよ」
彼は軽く笑って、
「ずいぶんと元気になったよね、愛ちゃん」
と。
わかるんですか。
「わかるんですか。流さん」
「わかるさ。落ち込みに落ち込んでた頃とは、ぜんぜん違うよ」
ゆっくりと腰を上げる流さん。
キッチンのコンロのほうを向き、
「コーヒー、淹れてあげるよ」
「え? コーヒーなら、わたし自分で、」
「ダメ。ぼくに頼らないと、ダメ」
そんな。
「た、頼るって。正直、ちょっと唐突……」
「かもね」
ずんずんコンロへと流さんは向かっていく。
「ただね、ぼくは、きみがぼくの手を借りてくれると、嬉しいんだよ。つまりそういうことさ」
× × ×
借りてしまった。
流さんの手を。
なんとも言えない気持ち。
恥ずかしさとは少し違う、なんとも言えない気持ち。
× × ×
気を取り直して、リビングのソファで深呼吸を始めていたら、なにやら荷物を抱えた利比古が接近してきた。
「どうしたのよ。そんな重そうなもの抱えて」
「気づかないの? お姉ちゃんは」
「えっ?」
「次の日曜日がなんの日かぐらい、わかってるよね??」
「22日?」
「そうだよ、1月22日!」
「――あ」
「あのねー、とぼけてる場合じゃないと思うんだけど、ぼく」
「つ、つまりこういうことね。
22日のアツマくんの誕生日に向けて、あんたはプレゼントを準備してた、と」
「明日美子さんがくれたお年玉を、アツマさんのために取っておいたんだ」
「え、えらいのね」
「お姉ちゃんは?」
うっ。
「まさかお姉ちゃん、プレゼントのこと考えてなかったの!? それじゃあアツマさんが可哀想すぎるよ」
うううっ。
「22日に間に合うように、考えて、買いに行かないと」
正しいことしか言っていない利比古。
どうすればいいのかしら……と焦る。
焦りながらも、思案。
考えを巡らせるわたし。
シンキングタイムが長引きそうなわたしの近くのソファに、利比古が腰を下ろす。
15分以上は考えた。
考えを脳内でまとめて、
「急いで買いに行くよりも。なにか、美味しいものを作ってあげるとか。美味しいものを作って、喜ばせることが、プレゼントの代わりにならないかなって、そう思ったわ」
と、近くに座る弟に、告げる。
「お姉ちゃんは、美味しいものなら、いくらでも作れるんだもんね」
「そうよ。自画自賛しないほうがムリの、お料理上手なんだもの、わたし」
「お姉ちゃんなら、美味しい料理で、アツマさんを幸せにできると思うよ」
「ええ、そうね」
「せっかく、腕自慢なんだからさ――」
「?? な、なに、」
「すっかり元気を取り戻せた感じがするし。
愛妻弁当とか、作ってあげたらいいじゃないか」
わたしは、大きく口を開け、利比古の顔を凝視するばかり。
「愛妻弁当」の4文字が意識の中でぐるぐるぐるぐる回転し続けていて、呆然とすることしかできない……!!