【愛の◯◯】ダブルベッドとダブルお母さん

 

夕ごはんを食べたあとで、明日美子さんにこう言われた。

「愛ちゃん、今夜、いっしょに寝ない?」

 

× × ×

 

パジャマになって明日美子さんの部屋に入る。

ダブルベッドに腰掛けて、

「ハタチになっても、明日美子さんといっしょに寝るなんて、思いもしなかったけど。でも、やっぱり、『そういうふうになるようにできている』んですよね」

と、逆サイドに座る明日美子さんに言う。

「そういうふうって、どういうふう?」

訊いてくる彼女に、

「いくつになっても、甘えてしまうっていう。――もっとも、甘える『べき』ときだから、甘えるんだけど」

「難しいこと言うのね、愛ちゃんも」

「わたし、ハタチになっても、明日美子さんに甘えたい気持ちが、ありあり」

「嬉しいわ」

「わたしを誘ってきたってことは、明日美子さんのほうでも、甘えられたかったんじゃないんですか」

「そうね。愛ちゃんギューっとしたい」

「すごい母性ですね」

「またまたぁ」

ゆっくりと、布団の中に、身を収めていく。

ゆっくりと背中を預け、就寝体勢になる。

明日美子さんのほうを向き、

「ギューっとしたいのなら、早く隣に来てくださいよ」

と要求。

「そうするわ」

ゆるりとベッド・インする明日美子さん。

横寝(よこね)の体勢で向き合う。

明日美子さんがぽむっ、と左手をわたしの頭頂部に乗っける。

「わたしの元気を分けてあげるわ」

「もー、アンパンマンじゃないんだから」

苦笑してツッコむけど、嬉しいわたし。

軽く頭頂部を撫(な)でてくれたあとで、

「これで、愛ちゃんの元気ステータスも、99%になったはず」

と言う彼女。

「残りの1%は?」

気になって訊くわたしに、

「残りの1%は、アツマから貰(もら)いなさい」

と言う彼女。

珍しい命令形のコトバだった。

「ねえ愛ちゃん。わたし感謝してるのよ」

「感謝ですか? わたしのほうが、ありがとうをたくさん言いたいけど……」

「アツマを――」

「アツマくんを?」

「アツマを――あの子を、大切にしてくれてありがとう、ってこと」

 

なにも言えなくなる。

なにも言えないから、背中が丸くなってしまう。

 

胸がいっぱいだけど、思わず縮こまってしまったわたし。

すぐに胸の内を察してくれて、わたしの背中に両手を伸ばし、抱きとめてくれる明日美子さん。

 

ギューっと抱きしめてくれる、明日美子さん。

 

小学生に戻った気分。

甘えたい気持ちが倍増しになって、この感触に浸(ひた)り続けたくなる。

 

× × ×

 

「愛ちゃんたしか、明日の朝食当番じゃなかった?」

胸の中で、

「ハイ」

とだけ言って答える。

あったかい明日美子さんが、

「わたしが代わってあげる」

と言ってくる。

嬉しさしかなくって、

「ありがとう明日美子さん。わたし楽しみ、すっごく楽しみ」

と、敬語を忘れる。

「期待しててね。裏切らないわ」

彼女はそう言って、背中を軽くさすってくれる。

甘えたい気持ちが3倍増しになって、

「明日美子さんの胸の中が、いちばん落ち着く……」

と言ってしまう。

おどけて、

「エッチなこと言わないでよぉ」

と彼女は。

「エッチだったかも」

恥じらい混じりに、わたしは呟く。

 

× × ×

 

起きたら、日の出の時刻の直前だった。

隣の明日美子さんは身を起こしている。

「朝ですね」とわたし。

「朝ね」と明日美子さん。

気になって、わたしは、

「なにか寝言を言ってましたか? わたし」

と訊く。

すると、

「『お母さん』って、言ってた」

と明日美子さん。

あちゃーっ。

「お母さんが、2人になっちゃってたんですね」

「いいじゃないの。シンちゃんとわたしで、あなたのダブルお母さんよ」

「タハハ……」

「なんにもおかしくないでしょ?」

優しく優しく問う明日美子さんに、

「そうですね」

と返し、

「――ワガママ、言わせてくれませんか」

と言って、寄りかかる。

「ワガママ?」

「あれっ、そんなにカンが鈍かったですっけ?」

「んー」

考える素振りを5秒間だけ見せたあとで、

「わかった。もうちょっとだけ、甘えんぼさんになりたいんだ、愛ちゃん」

「そのとおり」

わたしは少し身を起こし、

「もうちょっとだけ、ギューっとひっつきたいの。わたし」

とおねだりする。

「わかったわよ。ホントにかわいいんだから。甘えんぼさんになった愛ちゃんは」

そうでしょ??

 

× × ×

 

明日美子さんが「いいよ」と言う前に、ひっついちゃった。

 

ワガママだ。

 

ワガママだけど。

ワガママになるのなら、とことんワガママになってほしいって――明日美子さん、ゼッタイそう思ってるはずだから。