「渋谷って、あんまり来ないの」
愛が言う。
「ふーん、そうなんだ」
「新鮮よ」
「新鮮、ねぇ」
立ち止まり、渋谷が新鮮だと言う愛にまっすぐ向く。
「エッなに、さやか」
不意を突かれた愛に構わず、その麗(うるわ)しい容姿を眺め回す。
愛の邸(いえ)からだと、渋谷って割りと遠いんだけど、あまり疲れた様子はない。
くたびれていないってことは、回復度100%に着実に近づいているということ。
まぶしくて、元気な愛。
ただ、カンペキなルックスとは裏腹に、
「コーディネートは、60点ってとこかな」
「!? コーディネート!? 60点!?」
「あんたさー。せっかく素材がいいんだから、雑誌読むなりして、もうちょいファッションを勉強しなよ」
「こんな服装じゃ……ダメ??」
「60点しかあげられないよ」
家庭科、大得意だったじゃん、愛。
家庭科あんなに得意なのなら、もうちょいファッションセンスあるほうが自然だと思うんだけど。
もったいないよ。
「さ、さやか?? わたしのファッションセンスは置いておいて、早くカフェに向かいましょうよ」
「――だね。渋谷のド真ん中で、ボヤボヤなんかしてられないよね」
× × ×
いつもの通り、愛はブラックコーヒーである。
愉快げにブラックコーヒーを飲む愛に、
「利比古くんは共通試験受けないんだったよね」
と確認する。
「そうよ。利比古は私文専願」
「ゆとりあるスケジュールで2月の本番に臨める。いいことだ」
「いいでしょ? ――明日、よろしくね、さやか」
「任せて。アカ子と協力して、彼を教え導いてあげる」
「教え導くって、大げさな」
愛は苦笑い。
× × ×
ブラックコーヒーを完飲(かんいん)し、コトッ、とコーヒーカップを置いた愛。
置いたあと、いきなり、
「わたし、荒木先生からの年賀状のこと、もう少し詳しく聴きたい」
と……強烈なコトを言ってくる、愛。
あわてて、
「ちょっと愛っ、こ、こ、声が大きいって」
「そう?」
「大きいよっ。こんな場所で切り出す話題じゃないよっ。そのことを知りたいのなら、別の場所で……」
「さやか」
「な、なに」
「落ち着きましょ?」
……落ち着けないよ。
落ち着けない責任、取ってほしいんですけど。
× × ×
某公共放送センター近くの某公園にやって来た。
「空気が澄み切ってるわね。ここらへんは、とっても良(い)い雰囲気」
「……」
「さてと」
「……」
「4日だったっけ? 5日だったっけ? 年賀状が来たのって」
「……4日。」
「荒木先生、たぶん字が汚いんでしょ」
「汚くは……ないよ」
「巧くはないってことは、否定しないのね」
しないけど。
しないけど、だけど。
「先生の手書き文字、気持ちが、込められてたから……」
「おおーっ」
愉快そうに愉快そうに愛は、
「いいわね、年賀状見て、胸がときめくって」
……なに。
胸がときめくって、なに。
愛は、なおも、
「ひと安心でしょ? まだ独身なことがわかって」
と突っついてくる。
突っつきをかわしたくて、
「ねえ、愛。NHK、行かない?? これから」
「NHKになんの用があるのよ」
「な、なんだっていいでしょ」
勘付き、
「あー。よっぽど、荒木先生のこと、有耶無耶(うやむや)にしたいのね」
と愛が言ってくる。
× × ×
わたしに折檻(せっかん)されたいのかな。
愛のイジワルなとこ、女子校時代から少しも少しも変わってない。
けど、それすらも、美点であるように思えてきてしまうから、愛はズルい、ズルすぎる。
――帰宅したのだ。
母さんによれば、もうすぐ兄さんがやって来るらしい。
わたしと歳が離れている兄さんは93年産まれ――94年産まれの荒木先生よりも、年上だ。
荒木先生も、兄さんも、等しく――素敵でまぶしいアラサー男性。
× × ×
兄さんの顔が見られて嬉しかった。
「晩ごはんまで時間を潰しておいて」と母さんに言われて、自室からSwitchを持ち出してくるかどうか迷ったけど、スプラトゥーン3を兄さんと遊ぶのは、晩ごはんのあとにした。
コンセンサスを得たあとで、わたしはわたしの部屋に舞い戻る。
勉強机に接近してしまうと、どうしても引き出しが気になってしょうがなくなる。
なぜかというに。
荒木先生からもらった年賀状が、収納されているからだ。
その年賀ハガキが来たとき、両親にバレないように、速攻で回収したんだけど。
父さんはそういうところに鈍(ニブ)いとして……もしかしたら母さんは、察知してしまったのかもしれない。
もちろん、兄さんには、秘密にしている。
引き出しを見ると、開けたくなる。
独り占めにした先生からの年賀状。
不器用だけど感情にあふれた先生の文字を味わい、晩ごはんまでの時間を過ごしたい。
そう思いつつ、先生の気持ちを閉じ込めた引き出しを見ていたら、
『さやかー、母さんがキッチンまで来てくれってー』
なんと、ノックと同時に、兄さんが声をかけてきた。
すごくあわててドアまで駆け寄る。
情けなくも、すごくアワアワしながら、
「よ、用事があるって??」
と兄さんに言う。
「あるってさ」
わたしを見下ろし言う兄さん。
「わ、わかった」
部屋から抜け出るわたし。
だったのだが、
「さーやかっ」
「ど、どーしたの、にーさん」
「年賀状文化も下火になりつつある、という意見もあるが」
「えっ」
「さやかは今年――何枚年賀状をもらったのかな?」
そんな。
なんてこと訊くの、兄さん!?
「も、も、もくひけん」
「お?」
「黙秘権!! 黙秘権ったら、黙秘権!!!」
「――まだまだコドモだなあ、さやかも」