【愛の◯◯】順風満帆で行こうぜ

 

「アツマさんアツマさん」

「なんだ? ムラサキ」

「ぼく最近、L'Arc~en~Cielにハマり気味なんです」

「ほぉ。

 L'Arc~en~Cielも、いろいろだが。

 どの時期のラルクにどハマリなんだ? ムラサキは」

「どハマリまでは、まだ行ってないですけど」

童顔のムラサキは、苦笑しながら、

「初期の楽曲が良(い)いんですよね」

「90年代の?」

「ハイ。90年代の」

 

ふむ。

 

「アレか。『flower』とかか」

そうです!! まさに、『flower』です!!!

 

ムラサキがテンションを上げる。

寒さを吹き飛ばすがごとく。

 

「あのですねアツマさん、」

「おう」

「L'Arc~en~Ciel関連のウィキペディアは、とっても充実してるんですよ」

「ほほぉ。熱心なファンが編集してんのかな」

「そうかもしれないです。とっても記事の分量が多くて――」

 

× × ×

 

サークル部屋のPCでウィキペディアにアクセスする。

 

――なるへそ。

こりゃ、すごいわ。

 

ウィキペディア書くひとも、良くやるもんだなあ」

感嘆したあとで、おれは、

「ところで。

 ラルクって、キューンミュージックだったよな」

とムラサキに確認する。

「ハイ、そうですよ、キューンです」

だとしたら。

「キューンだってことは、ASIAN KUNG-FU GENERATIONと同じレーベルだってことじゃないか」

「あー、今話題の、ASIAN KUNG-FU GENERATIONですか」

「話題なのは本家本元(ほんけほんもと)じゃなくて、苗字が全員おんなじの、某美少女アニメの美少女ロックバンドのほうだと思うけどな」

「でもゴッチ(後藤正文)も観たらしいじゃないですか」

「らしいなあ。観たんだってな」

「胸が熱いですね」

「アニメのファンは、おれらより100倍胸が熱いだろうけどな」

「言えてます、言えてます」

 

× × ×

 

ムラサキとそんなやり取りを続けていたら、1年生の朝日リリカさんと鴨宮学(かもみや まなぶ)くんが、続けざまにサークルのお部屋に入ってきた。

 

ムラサキのオタクぶりにツッコミを入れるリリカさん。

ムラサキのオタクぶりを逆に賞賛する鴨宮くん。

 

ワイワイとした、後輩のやり取り。

それを眺めるだけで楽しかった。

 

× × ×

 

「卒業しても安泰だ、おれのサークルは」

「安心して引き継いでいけるってこと?」

「ああ」

 

愛にうなずくおれ。

おれの部屋に愛は来ているのである。

 

「良かったわね、順風満帆で」

そう言ってから、

「わたしも早く……順風満帆になりたいわ」

と。

「スローペースでいいんでねーの??」

「それはそうだけど。

 スローであっても、着実に矢印の向きを上げていきたいの」

「かなり上がってきてると思うが」

「もっと、よ」

「高望みは反動が怖い」

「…。

 あなたの言ってることは、正しいわ。

 でも…」

「…でも、?」

 

目線が下がってきてんぞ、おまえ。

ったく。

 

「アレコレ考えすぎんなよ。

 まー、溜め込んでるものも、あるんだと思うが。

 ただな。

 来週のアタマから、旅行なわけだ。

 溜め込んでるもの、旅行で発散してしまえよ」

 

な?

 

「……そうね。

 きょうのアツマくん、正しいことしか言ってないね」

 

愛がこっち側に来る。

こっち側に来て、寄り添う。

 

ずいぶんと長くなった栗色の髪が、おれの右肩と重なる。

 

「――寒さ対策は、万全にしとこうな」

「山陰って、そういう地方なんだものね。

 寒さ対策、山陰出身のサークルの先輩に、少し教わったわ」

「久保山(くぼやま)くん?」

「そう。久保山センパイ」

「頼りになるセンパイが居て、大助かりだな」

 

「……。

 あなたよ、アツマくん……。

 地球上でいちばん、頼りになるのは。」

 

……大きく出やがって。

 

愛の左手が、おれの右手を、やわらかく握りしめている。