12月5日なんである。
冬、なんである。
うむ。
どっからどう見ても、冬…!
× × ×
朝のランニングから戻ってきた。
ダイニング・キッチンに行ってみると、流しの前のところに愛が立っている。
エプロン姿の愛。
「お疲れさま、アツマくん」
満面のスマイルで言われて、ほんの少しだけ恥ずかしくなる…。
卑怯なほどの笑顔を崩さず、
「朝ごはん、できてる」
と言う愛。
「走ってきたんでしょ? おなかペコペコなんじゃないの」
とも。
「おまえこそ、ご苦労さま」
朝食を作り上げた愛をねぎらう。
それから、あらためて、エプロン姿の愛と眼を合わせる。
「…どうしたの?」
どーしたもこーしたもねーよ。
「ずいぶん…髪、伸びてきたな」
「え」
「高校3年のときの長さに、着実に近づいてきてる」
「ど、どうしてわかるの……わたしの髪の、伸び加減」
バーカ。
わかるさ、そりゃあ。
× × ×
2杯目のご飯を炊飯器から自分で入れてきて、席に戻る。
「――アツマくん」
呼びかける愛。
なんぞ。
「なんぞ?」
「食いしん坊なのは…いいんだけど」
「うん」
「卒業旅行…するでしょ?」
「おう。おまえと、ふたりでな」
カレンダーを見つつ愛は、
「年末になるにしても。
もう、スケジュールをある程度、固めておいたほうがいいんじゃないかしら」
「計画を立てろ、と」
「そう。わたしも協力するけど」
「協力してくれるのは嬉しい。でも、旅行計画の骨組みはおれが作る。そこはおれに任せてくれ。…おまえに負担をかけすぎちゃダメだしな」
「…。わかった。あなたを頼りにする」
「頼れ頼れ」
「……あと、」
「んっ?」
「アツマくんは……やっぱり、いつも、優しいのね」
そりゃそーだ。
× × ×
『おれの』卒業旅行といえど、『愛ファースト』で計画は考えねばならない。
あいつに、優しく――。
――目的地。
目的地、どうすっか。
「おれに任せてくれ」と言ったのだから、主要目的地はおれが決めるべき。
就職先のカフェの研修が忙しくて、ガイドブックの類(たぐい)をなかなか見る暇が無かった。
でも、研修のせいにしちゃ、ダメだよな。
山陰地方のガイドブックをバッグにしのばせて、通学電車に乗り込んだ。
× × ×
10年以上前のくるりのスタジオアルバム『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』をBGMとしつつ、八木八重子と向かい合っている。
「戸部くん、スケジュールはできたの?」
言ってきた八木。
訊いてくるよな、そりゃ。
「3日以内に決める」
そう答えるが、
「それ絶対、3日以内に決められないパターンだよ」
と容赦ないご指摘。
「もう少しちゃんとしてると思ってたのに、戸部くん」
すみません。
「ガイドブックとか、買ってるの??」
そう言われたから、しのばせておいたモノをバッグから取り出し、
「持ち歩いては、いるんだが」
「……全然読めてません、ってパターンなんだね」
「少しは読んだ」
「何ページぐらい」
「……」
「あのねー。全然読めてないのと同じじゃん」
おっしゃる通り、なんですが。
「温泉。
山陰地方は…温泉が、多いみたいだな」
「だれだって知ってるよ、そのぐらい」
「…マジ?」
「世間知らずだね~。これだから、豪邸育ちのお坊っちゃんは」
うるせえっ。
わざとおれをムカつかせようとしてるだろ、おまえ。
「怒ってる、怒ってる」
視線を逸らし、軽く舌打ちのおれ。
なのだが、
「温泉だったら――皆生温泉(かいけおんせん)がいいよ」
と八木が。
皆生温泉。
チラ見しかしていないガイドブックにも、名前があった。
「鳥取県の温泉……だったっけ」
「米子っていうと、鳥取県のどの辺り――」
「ええええぇっ」
「お、オーバーリアクションやめれ」
「戸部くんは、どんな小学校と中学校と高校に通っていたの?!」
「あっアホっ、おれの母校をdisってくんな」
「鳥取県の、西部……」
「島根県の松江も近いの」
「ふむ……」
ガイドブックのページをめくり、皆生温泉の紹介を読んでみる。
「海が……近いんか」
「近い。冬の海は、風情があると思うよ」
「八木も、皆生温泉に泊まったんだな?」
「泊まった」
……なにやら、八木の顔が、ニヤニヤフェイスに近づいてきているかのような。
若干背筋が寒くなり始めていたら……、
「最高じゃん。
夫婦旅行で、露天風呂」
『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』の再生が終了し……静けさと寒気(さむけ)が同時に生まれてくる。
おれは言葉にならないし、八木はニヤニヤ笑顔を見せつけてくるし……!!