あすかちゃんが、ソファに座り、文庫本を読んでいる。
ブックカバーがかけられていたので、
「どんな本読んでるの? あすかちゃん」
と訊いてみる。
するとあすかちゃんは、
「スケベですねえ、流(ながる)さんも」
そ、そんな意図は……ない。
「ブックカバーを脱がせようとするなんて。スケベ」
なおも挑発的? な、あすかちゃん……!!
しかし。
文庫本をテーブルに置いて、彼女は、
「わかりましたよ。教えてあげますよ」
と言ってくれた。
あすかちゃんの、情報開示。
…なるほど。
書誌情報的な情報を聴いたぼくは、素直に、
「ずいぶん歯ごたえのある本を読んでるんだね。ぼくが読むのに苦労しそうな本だ」
と言う。
しかし。
「歯ごたえのある本ぐらい……読みますよぉ。もう大学生なんですから」
と言い、彼女はちょっぴり不満顔。
そうか。
そうだね。
そうだよね。
彼女は続ける。
「大学の必修科目でどうしても読まなきゃいけないテキストとかもあるんですから。読書量、増えましたね」
なるほど。
自分の大学時代が思い出されてくる。
「えーと、あすかちゃんは、ジャーナリズム専修…だったっけ?」
「だいたい合ってます」
「だいたい……か」
「もっとカッコつけた専修名なんですけどね」
時代の流れ、感じるなー。
ぼくにしたって、前年度まで大学院に居たんだけど、ね…。
「…きみはやっぱり、マスコミ志望なのかな」
訊くぼく。
しかしながら……。
彼女は返事をしてくれず、返事の代わりに、謎の微笑(びしょう)をたたえて、
「流さん。
おなか、すいてませんか??」
× × ×
「――準備、OKだけど」
コートを羽織ったぼくは、あすかちゃんに言う。
「じゃ、行きますか~」
玄関のほうを向くあすかちゃん。
…カンペキなる女子大学生的ファッションだ。
いかにも女子大学生向けファッション誌に載っていそうな。
カレンさん(=ぼくの彼女さん)を通じて、流行りのファッション誌の傾向性を少しは把握している。
女子大学生が読むようなファッション誌にも、いろんな系統があるのだが……。
そうか、あすかちゃんは、こういう系統か……。
「……どうしました? さっさと出発しましょーよ」
しまった。
微妙な沈黙が生まれてしまっていた。
「目的地は、東府中、だったよね」
ぼくは確かめる。
「はい。東府中なので、徒歩でいいですよね?」
とあすかちゃん。
「OKだ」
とぼく。
× × ×
東京競馬の開催も終わったから、このあたりの人通りも若干少なくなった、気がする。
それとも錯覚だろうか。
「分かりにくい場所なんで、わたしにシッカリついてきてくださいね~」
とあすかちゃん。
「……穴場的な?」
とぼくは訊く。
「穴場ランク、5つ星中4つです」
とあすかちゃん。
「穴場ランク、って……きみ独自の基準、だよね」
「わたし独自の基準に決まってるじゃないですか」
「お好み焼き屋、なんだよね??」
「だけど、主力は焼きそばなんです。焼きそばばっかり『出る』そうで」
「お好み焼き屋なのに、みんな焼きそばばっかり注文する、と」
「まさに」
「そんなに、お好み焼きを圧倒するぐらい、焼きそばが美味しいのか。どんな焼きそばなんだろう?」
「ながるさーん」
「…ん」
「『入ってからのお楽しみ』ってコトバ、ご存知でしょ??」
「……。もちろん」
「焼きそば1人前が、600円なんですが」
「……もしや」
「そう。
その『もしや』です。
――1200円ぐらい、お持ちですよね?? 当然」