猪熊家。
夜。
弟のヒバリの部屋が眼の前にある。
部屋のドアを軽くノックする。
やや間(ま)があってから、
『…姉ちゃんか? なんの用だよ』
という声。
その声は、まさに変声期まっただ中の声で。
「あなたが部屋でどうしてるのかと思って」
ドア越しに言う。
『ど、どーもしてねーよ』
変声期まっただ中の声が返ってくる。
ただでさえ不安定な声が、若干震えてきている。
「……そんなに動揺する必要、あるのかしら?」
『ど……動揺って』
「わたしね。
できれば、あなたの部屋に入って、あなたを……なぐさめてあげたいんだけど」
沈黙が降りてくる。
「お父さんとお母さんの両方から叱られたでしょう? 姉として、なぐさめてあげたいの」
またもや、沈黙。
数分間、ヒバリからの返事を待っていたら、
『…おれの部屋に入られるのは、イヤだ』
という声が。
「どうして?」
またもやまたもや、ヒバリは押し黙ってしまう。
――いろいろと察して、わたしは、
「ヒバリもいろいろと、デリケートなのよね。もう中学生なんだし――」
と。
足音が耳に届く。
そして、
『姉ちゃんに部屋に入られるぐらいなら、おれが姉ちゃんの部屋に入る』
という声。
ヒバリがドアに接近しているのを感じ取れた。
× × ×
「――正座する必要もないでしょう」
苦笑して、ヒバリに言う。
「だって、姉ちゃんが正座だから……」
斜め下に逸れるヒバリの目線。
「それにしても」
わたしは言う、
「ずいぶんとくだらない理由で怒られたものね、あなたも」
舌打ち。
それから、正座でなくなる。
イラつき気味に、右手をほっぺたに押し当てる。
「そんな仕草、どこで覚えたのかしら?」
「――は?!」
「反抗期だから?
そんなに悪(ワル)だったかしら、あなたって」
「…ヤンキーみたいに見えるのかよ、おれが」
「そこまで極端じゃないにしても。
でも、わたしがキチンと監督してないと、あっという間にグレちゃう気がするわ」
「グレるかよ…」
「なにが原因になるか分からないじゃないの……あなたみたいな年頃だと」
また舌打ち。
「――さっき、お父さんとお母さんに叱られても口ごたえしてなかったのは、ホメてあげられる」
3度目の舌打ち。
「やっぱり、わたしがなぐさめてあげる必要があるわね。そうとう参ってるんでしょう?? あなた」
「…………ルセッ」
「そういうのは良くないと思うわよ」
「……うるせえって」
なってない態度。
でも。
微笑ましすぎるぐらい、今のヒバリは微笑ましい。
だから、なぐさめてあげたい度合いが、上へ上へと上がっていく。
我慢しきれなくて、手が動く。
ヒバリの左肩に右手を置く。
その右手で左肩を撫でてあげる。
困惑のほうが上回って、ヒバリは拒絶しようとしない。
うつむいて、戸惑うヒバリ。
姉のわたしは、頭頂部にも手を当てたくなってくる。
……。
スキンシップ、続けてもいい、けれど。
「ヒバリ。
せっかくだから――あなたのお勉強、見てあげようかしら?」
なぐさめるだけでなく、お姉さんらしいことを……もう少し。