【愛の◯◯】こういうなぐさめかたも、5歳下の弟には。

 

猪熊家。

夜。

 

弟のヒバリの部屋が眼の前にある。

部屋のドアを軽くノックする。

 

やや間(ま)があってから、

『…姉ちゃんか? なんの用だよ』

という声。

その声は、まさに変声期まっただ中の声で。

 

「あなたが部屋でどうしてるのかと思って」

ドア越しに言う。

『ど、どーもしてねーよ』

変声期まっただ中の声が返ってくる。

ただでさえ不安定な声が、若干震えてきている。

「……そんなに動揺する必要、あるのかしら?」

『ど……動揺って』

「わたしね。

 できれば、あなたの部屋に入って、あなたを……なぐさめてあげたいんだけど」

 

沈黙が降りてくる。

 

「お父さんとお母さんの両方から叱られたでしょう? 姉として、なぐさめてあげたいの」

 

またもや、沈黙。

 

数分間、ヒバリからの返事を待っていたら、

 

『…おれの部屋に入られるのは、イヤだ』

 

という声が。

 

「どうして?」

 

またもやまたもや、ヒバリは押し黙ってしまう。

 

――いろいろと察して、わたしは、

「ヒバリもいろいろと、デリケートなのよね。もう中学生なんだし――」

と。

 

足音が耳に届く。

そして、

『姉ちゃんに部屋に入られるぐらいなら、おれが姉ちゃんの部屋に入る』

という声。

 

ヒバリがドアに接近しているのを感じ取れた。

 

× × ×

 

「――正座する必要もないでしょう」

苦笑して、ヒバリに言う。

「だって、姉ちゃんが正座だから……」

斜め下に逸れるヒバリの目線。

「それにしても」

わたしは言う、

「ずいぶんとくだらない理由で怒られたものね、あなたも」

 

舌打ち。

それから、正座でなくなる。

イラつき気味に、右手をほっぺたに押し当てる。

 

「そんな仕草、どこで覚えたのかしら?」

 

「――は?!」

 

「反抗期だから?

 そんなに悪(ワル)だったかしら、あなたって」

 

「…ヤンキーみたいに見えるのかよ、おれが」

「そこまで極端じゃないにしても。

 でも、わたしがキチンと監督してないと、あっという間にグレちゃう気がするわ」

「グレるかよ…」

「なにが原因になるか分からないじゃないの……あなたみたいな年頃だと」

 

また舌打ち。

 

「――さっき、お父さんとお母さんに叱られても口ごたえしてなかったのは、ホメてあげられる」

 

3度目の舌打ち。

 

「やっぱり、わたしがなぐさめてあげる必要があるわね。そうとう参ってるんでしょう?? あなた」

 

「…………ルセッ」

 

「そういうのは良くないと思うわよ」

 

「……うるせえって」

 

なってない態度。

でも。

微笑ましすぎるぐらい、今のヒバリは微笑ましい。

だから、なぐさめてあげたい度合いが、上へ上へと上がっていく。

 

我慢しきれなくて、手が動く。

ヒバリの左肩に右手を置く。

その右手で左肩を撫でてあげる。

 

困惑のほうが上回って、ヒバリは拒絶しようとしない。

 

うつむいて、戸惑うヒバリ。

姉のわたしは、頭頂部にも手を当てたくなってくる。

 

……。

 

スキンシップ、続けてもいい、けれど。

 

「ヒバリ。

 せっかくだから――あなたのお勉強、見てあげようかしら?」

 

なぐさめるだけでなく、お姉さんらしいことを……もう少し。