【愛の◯◯】八木八重子からの提案

 

文化の日は、愛の部屋で1日中過ごす羽目になった。

 

羽目になった、のだが。

 

ひとり暮らしに挫折して、邸(いえ)に戻ってきたあとで――きのうがいちばん、あいつの顔が元気に見えた。

 

いや、見えた、じゃない。

 

元気だった。

あいつもあいつなりに、調子が上昇カーブを描いていて。

 

愛のヤツも、あと少しで回復、というところまで来ているんだと思う。

 

このペースなら、10日後に迫るあいつの誕生日の頃には、きっと――。

 

× × ×

 

TBSの朝の某バラエティ番組が映るテレビを消して、荷物を持ち、玄関に向かう。

 

× × ×

 

通学電車の中で、少し考えた。

 

『愛のヤツに……もっとなにか、してやれるんじゃないだろうか?』

 

誕生日祝い、これは当然だ。

愛のハタチを祝うのは当然として――プラスアルファ的ななにかをしてやりたい。

プラスアルファ。

プラスアルファ…。

 

うぅむ。

 

× × ×

 

「旅行したらいいんじゃないの? ふたりで」

 

こう言ったのは八木八重子である。

 

学生会館のサークル部屋に行ったら、八木が居たので、「プラスアルファ」についての相談を持ちかけてみた。

そしたら、八木が「旅行」という案を提示してきたのである。

 

「ふたりで…か」

呟くように言うおれに、

「ふたりなのは大前提でしょ」

と八木は。

「混じりけのない、カップルでの、旅行」

とも八木は。

 

旅行するなら――今年中がいいよな。

卒業旅行兼・なんとやら……か。

 

「卒業旅行と新婚旅行で、一石二鳥になるじゃん☆」

 

だ、出し抜けに、八木のヤツ……!!

 

「ドアホっ、八木っ。すぐそうやって、新婚旅行だとか……!!」

 

「わたしはなにも変なこと言ってないよん」

「そ、そこまでして、おれとあいつを夫婦に見立てたいか」

「見立てたい。」

「ぬなぁ……」

「『ぬなぁ……』じゃないよ。

 初任給で指輪とか買ったらどうなの?? 戸部くん」

 

つ……つけあがりやがって。

 

 

……1分間ほど八木を睨みつけた。

が、どうしようもなくなって、椅子の背もたれに背中をひっつけ、息を吐く。

 

「いいよ。わかったよ。

 降参だ……八木。

 

 ……そんな笑いかたは、やめーや。

 

 あのだな。

 もし旅行に行くなら、ゆっくりできるところがいい。

 あんまりゴミゴミしてる大都会だと、愛のヤツも気が休まらんだろうし…。

 

 …なぁ八木、ゆっくりできるような観光スポット、知ってたら教えてくれんか??」

 

微笑みつつ、口元に右手の人差し指を当てる八木。

それから、

「長期休暇中の9月にね、山陰地方に行ってきたの」

 

山陰地方……。

 

「おまえがサークル部屋に不在な期間が長かったのは、旅行してたからなんか」

「それ以外にも色々だけど、まあ結構長旅してたよね」

「山陰地方に……なにがあるんだ」

「あるよ? 戸部くんが思ってるより、ずーーっと。両手両足の指で数え切れないほど」

 

そうなんか……。

 

「――これからの季節は、雪が心配だけど」

と八木。

日本海側で、雪が多いんだよな」

「――ま、雪が降って、滞在が延長したなら、もっと彼女と長く楽しめるじゃん♫」

 

「……八木。」

「なに」

「おまえって、時たま、スケベになるよな」

「エーッなにそれ」